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ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−

プロフィール

ブログ名
ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−
ブログ紹介
ここでは、

黙っていてくれて、構いません。

窓越しに、ちょっと中をのぞいてみた画廊。

そんな感じで。
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完走賞

2019/02/18 10:55
なんとか終わった…。
走りきれた。
青梅マラソン10キロの部。

両脚に爆弾を抱えての無謀な参加が残して
くれたものは、今朝もまだ右膝に残る
なかなかの痛みと、やりきった安堵感である。

右膝が痛み始めた7キロ当たりからは、景色が記憶に
残っていない。
ギュッと目をつぶっては「がぁーー!」と声を出し
、痛みを発散させていたので足元以外の何も
見てなかったのである。
歯医者さんで歯を削られているときのリアクションに近い。

顔と声もさることながら、ランニングフォームもなりふり構って
られなかった。体を思い切り前傾させ、前につんのめる力を
利用してのビッコ走りである。
腰の曲がったお爺さんが目をつぶり奇声をあげながら、
群衆の群らがる天下の公道を駆け抜けて行く…そんな図柄。

ペースをガクンと落とせば、そこまで痛々しいフォームに
ならないで済むし、それよりも何よりも棄権すればいいのだが、
悲しいかな、それが出来ない。
(あと3q…あと2q…もう少しではないか、頑張れる!)
この諦めの悪さがこれまでの人生の中、私に色々な事を
させてきたのだ。闘争心の火が完全に消えるまでは投げ出せない
性分。これが良いのか悪いのかは敢えて決めないことにしている。

と、沿道から「タチさーん!」
私の名前を叫ぶ声がした。

視覚はもはや足元のアスファルトと闇しか捉えることが
出来ていないのだが、聴覚というのはギリギリの状態でも
働くものである。
(ご近所の誰かかなぁ、介護センターの誰かかなぁ…
とにかく有り難い。もう少しだ頑張るぞ。)

と、また沿道の声。
「大袈裟なんじゃね。」(今時の若者の抑揚で読んでほしい。)

心が呟く。「うるせーよ、お前が走れよ(苦笑)。」


カーブを右に曲がると直線道路の100m先に、
ゴールの横断幕が見えてきた。
その下にはスラッとした女性がいて、次々に入ってくるランナーを
ハイタッチで迎えていた。
あと20mくらいまで来ると、それが誰だかわかった。
高橋尚子さんだった。

(着いたー。もういいだろう。)
私は走るのをやめてゆっくり歩いた。
そして笑顔の高橋尚子さんとハイタッチ。
冬空の下、健気に何千人とハイタッチをしてきた彼女の手は、
すっかり凍えていた。

よかった、棄権しないで。
無茶が報われた。
そう思わせてくれたハイタッチだった。










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一寸先

2019/02/02 15:46
一瞬のことだった。

そこまでは、いつもの火曜日の、いつもの朝の、
稽古場までの10キロ走だった。

滑ったわけではない、躓いたのでもない、
転んでもいない、ただ普通にスタスタ走っていた。

だのに、捻挫したのである。
あ、と思った瞬間、左足首を捻っていた。
まだ2キロも行ってない地点でのアクシデント。
稽古場まであと8キロあまり。

この先で左に曲がればO駅にでる。
まっすぐ進むと稽古場に向かういつもの道である。
真っすぐの道は鉄道からかけ離れて行くから、
途中で駅に逃げるチャンスはなくなる。

どうするか。

私はまっすぐを選んだ。

痛いことは痛いのだが、何とかなりそうなレベルの
痛みだった事と、その痛みのおかげでずっと
悩まされてきた右膝の痛みが消えた事が、まっすぐを
選んだ理由である。

騙し騙し走ればなんとかなる、気がしたのだ。

しかし、稽古場まであと2キロのところで断念。
痛みのレベルが一段上がったのである。
左足を地面に下ろすたびに走る激痛が、私の痛みポテンシャルの
限界を越えた。

私は走るのを止めて歩き出した。

いじましいのは右膝クンである。
痛いはずの右膝クンが、左足さんをかばって
まだ頑張ってくれている。
そのおかげで歩を進めることが、辛うじてできるのである。

おかげを言うともう一つは塀である。
塀に手を置くことで足への負担が減るのである。
手すりの役割を果たしてくれるのだ。

そうやって必死の思いで稽古場に着いたのは昨日の話。


一夜明けた今朝は、痛みが少しだけ引いた感じがして
ホッとしている。
腫れもだいぶ引いてきた。それでもまだ↓こんな状態。
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でも夕べの、紫イモみたいな左足を思えば、
確実に回復には向かっている。

その事を一番よくわかっているのは、右膝クンである。
「今日はそんなに頑張らなくても大丈夫。だって左足さんが
少しだけど良くなってきているからさ。」

そう言って右膝クン、昨日ほど頑張ってくれない。

今日は右膝も、痛いのである。




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空想癖

2019/01/28 19:30
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寒い日が続いている。
冬なのだから当たり前である。
仕方がない。
諦めて耐えるしかない。そう、耐えるしかない。
わかってはいるのだ。だがしかしー、
朝の寒さときた日には……(ToT)。

「冬はつとめて。」と、冬の早朝の美しさを綴った
清少納言の才能をリスペクトしながらも、私は呟く。

(美しいのはわかった、けど寒い!)

寒さは感受性まで凍らせてしまう。
興に入っている余裕などないのである。
私は凍結した感受性のままに朝の雑事を済ませると
ストーブの前に突進し、正座をして手をかざした。

かじかんだ手が少しずつほぐれてくる。
それに伴って感受性の解凍も進んでゆく。
ストーブの暖に朝の陽射しも加わり、もとの温かさを
取り戻した我が神経系統の稼働が始まった。

目に留まったのが、床から生え出したみたいに
ゆらゆら揺れる1本のホコリ。
こういうのを見ているのが、小さい頃から好きだった。

例えば朝、目覚めて寝床の中から見る掛け布団の地平。
毛羽立った繊維が砂漠を行く旅の一行に見えてきて、
布団から出るまでの時間を、私は旅の一行のストーリーの
中で生きるのだった。

例えば晩御飯に出てきたスープ。
表面に浮かぶ幾つもの油の輪っかを箸でつなぎ合わせ
ながら、私は太平洋を航海していた。

例えば座椅子に座ってテレビを観る父のくゆらすタバコの煙。
湿度の関係なのか何なのか、煙がスローモーションで
拡散する時がある。そんな時私は、煙を霞に、父を岩山に
見立て、水墨画の世界に遊ぶのだった。

そんな子ども時代の空想癖が今も続いている。
冒頭の、揺れる1本のホコリがそうである。
私は、ストーブにあたりながらぼんやりと、
ホコリが揺れるのを見つめ続けた。
次から次へと色々な思いが浮かんでくる、それに
任せて考え事に耽る。

しかしー、
ふと我に返って苦笑いであった。

考え事のほとんどが愚痴と文句なのだ。

空想好きの子供も年をとったのである。






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百日紅

2019/01/20 15:23
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映画を観た。
タイトルは、「歩いても 歩いても」。
九州の姪が手紙で教えてくれた。

監督は今をときめく是枝裕和さん。

海で溺れるどこかの子供を命がけで助け、
命を落とした長男。それから15年ー、
長男の命日に里帰りする次男家族と長女家族と、
彼らを迎える老夫婦との夏の二日間が、日常の
緩やかな起伏の中で過ぎてゆく。

心地のいい映画だった。

誇張のないちょうどいい重さと明度で織り込まれた
家族ならではの確執、葛藤、怒り、悲しみ、そして
愛情が、平凡な幸福感とほどほどの善良さに支えられていて、
どこか可笑しくて泣いてしまう。

一番やられてしまったのが百日紅(さるすべり)の花であった。
(これはかなりの少数派だと思う。)

炎天下を彩るこの花が、小さなアクセントとして数回出てくる
のだが、私がやられてしまったのは、夏空を背景に咲く百日紅に
手を伸ばす少年たちと少女のシーン。

突然ある記憶が頭の中を駆け抜けて行った。

母と二人で奈良の街を一日歩いた時の記憶である。
夏の盛りだった。日陰を探しながら東大寺や古墳を
訪ねたあの日。其処此処で目に飛び込んできたのは、
百日紅の鮮やかで、でもちょっと涼しさのあるピンク色だった。

いい思い出というのは、それはそれで涙腺を刺激しまくる。
母が逝ってこの四月でまる三年経つというのに
今も泣き崩れる自分に、自分でも驚いている。

けれど樹木希林演じる老母が、押し殺した慟哭を
阿部寛演じる次男に向かって呟いたシーンで、私は
悟った。
三年くらいで癒えるわけがない、と。

「(兄貴が助けたあの子を)命日に呼ぶのはもうやめろよ。
もういいだろう。」

「十年やそこらで忘れてもらっちゃ困るのよ。
いいじゃないのよ、一年に一回苦しんでもらうくらい。
あんたにはわかんないのよ、同じ目にあったら世の中の母親は
皆んな私と同じ思いになるのよ。」


それと比べたら、母親を老衰で失った私の悲しみなど
取るに足らない順番通りの当たり前の摂理なのだが、
失った悲しみがちょっとやそっとで癒えるわけがない、
という点において、私の場合にも当てはめることにした。

観終わった後、晩御飯を作りながらついて出てきた鼻歌は、
いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」。
この曲が映画の中でかかるシーンがあったのだ。

うろ覚えで知ってる歌詞の部分だけを歌う。

街の灯りがとてもきれいねヨコハマ〜♪
ブルーライトヨコ〜ハマ〜♪
あな〜たと ふた〜り いつまで〜も〜♪

足音だけがついてくるのよヨコハマ〜♪
ブルーライトヨコ〜ハマ〜♪
あな〜たと ふた〜り しあわせよ〜♪

あるいても〜あるいても〜 小舟のように〜♪

ここでハッとした。

そうか!
映画のタイトル「歩いても 歩いても」は、
ブルーライトヨコハマからきてたのだ。




















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落葉樹

2018/12/08 20:27
気がつけば師走。
好きな月である。

朝の冷気、葉を落として行く樹木、物を燃やす匂い、
深夜聞こえてくる電車の音、柚子の味…

五感が冬の入り口を悟る。

この月に入るとすぐ2日目が、同居している伯母の誕生日。
今年も健やかにその日を迎えた。
訪問リハビリの先生たちも、訪問看護の看護師たちも、
かかりつけの医者も、ケアマネジャーも、我が家を出入りする
専門家たちは口を揃えて言う。

「知っている102歳の中では群を抜いてしっかりされています!」

私もそう思う。
知っている102歳は伯母しかいないのだが、そう思う。

いつもの木にトンビがとまっていれば、ベッドの中から
「トンビさーん!」と声をかける。
のら猫が庭を横切れば、ベッドの中でしんみりと目を潤ませる。
「夜はどこで寝てるのかしら…」

この善良と無邪気が伯母の加齢を遅らせている…
と、私の学説。

すぐ裏手の渓谷が、色づき終わった葉を降らせている。
落葉樹の骨格が日に日に露わになって、葉を落とした
枝の向こうに赤い橋が見え始めてきた。

青葉で見えなくなるまでの4ヶ月、
私は勝手口を開けるたび赤い橋に視線を送る。
春を待ちわびる心がそうさせる。
(まだ見えるか赤い橋…春は私をいつまで待たせる…)


年寄りを看る身には、冬は過ぎるものではなく越えるもの、
なのである。
どうか今年の冬も伯母が無事に越えますように。

あと3週間で1年が終わる。


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聖人宅

2018/11/28 23:13
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我が家から直線距離で150mくらいのご近所に、
漆工芸作家ご夫妻のお屋敷がある。
工房と住居と展示スペースを持つお屋敷は、不定期で年に一度、
1週間ちょっとだけ展示スペースが公開される。

それが今年は先週、勤労感謝の日があった週、にあった。

案内状の肉筆の宛名文字、私の氏名は、
ご夫君の精神性が垣間見られる素朴で丁寧な
字体で書かれ、いわく言い難しの感じの良さがある。

それを今年もいただけた私は、有り難く今年も公開展示に
お邪魔して来た。

お邪魔するたびに感動する。
数々の漆の名品たちと渓流の眺めが作り出す「場」の
落ち着きと清廉と善良。


ご夫妻の笑顔がまたいいんだよなぁ…。


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みかん

2018/11/04 06:48
みかんの季節になった。

すでに九月の早生みかんを毎週月曜日、生協さんが
届けてくれていたが、これからは単なるみかんが、
確か三月くらいまで届けられる。

届くとすぐ、私は小箱の中でバラバラになったみかんを並べ直す。

並べながらヘタを上にするか下にするか、で晩年の母と論争に
なった思い出を噛みしめる。

母はヘタを下にする派。
私は上派。
意固地な私は、結局母が亡くなるまでヘタを上にして
みかんを並べ続けた。

そんなどうでもいい事、どうして譲らなかったのか。
懐かしい思い出は、なぜか殆ど切ない味である。



小箱のみかんを並べ終わる。
ヘタは下である。
そこから仏前に一つ。
勿論、ヘタは下である。


母が亡くなって3回目の冬を迎えようとしている。


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三兄弟

2018/10/21 20:49
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上から「クロ」「ハイイロ」「チャイロ」。
キャットフードも食べるが母乳も飲む三匹は、
近所を縦横無尽に走り回っている。

この一画の住民は皆、心やさしいのだろう。
母猫も仔猫たちも、ひどい飢えに苦しんでる風はなく、
そこそこ元気に生きている。

が、厳しい冬が待っている。

どうか皆んなで乗りこえて、春を一緒に…
我が家の101才と一緒に…
迎えることができますよう。いい冬になりますよう。

せつに願うのである。













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幸福便

2018/10/20 21:01
福岡の姪から手紙が届く。

すっかり秋になっちゃいましたがその後いかがお過ごしですか?

と始まる姪の文面に笑顔がほころぶ。

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同封されていたのは、この夏訪れた時の写真。
その中からあたりさわりのない一枚を。

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いい旅は、日が経つに連れてじわじわとくる。

あの穏やかな夏の一瞬をとても懐かしく思う日々です。
と、姪の手紙にあった。

私もである。

ほんとうに、ありがとうございました。







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ぱっぱ

2018/10/14 14:59
小学三年四年生時代の同級生三人がムラに
来てくれた。

フェイスブックの仕業である。

s君、i君、hさん。

奇跡とも言える偶然で同じ市内に暮らしていた
hさんとはこの7月、すでに再会を果たしていたが、
s君、i君とは四十何年ぶりの再会になる。
二人とも地に足のついた良い感じのおじさんに
なっていて、事あるごとに浮き足立つキャピキャピな
私とは大違いだ。

4人で昼食をいただきながら、ひとしきり話が弾むと、
「ところでタチクン、」とs君。
これ覚えてる?と言って、唇を「パッ」と鳴らした。
「覚えてる覚えてる、覚えてるよー!」と、大爆笑。

s君も破顔になってさらに続けた。
「これをさらに進化させようと、「パッ」で音階とか
一緒に練習したんだぜ。」

「そうだっけか。そんな事に僕たちの向上心は向かって
行ったのか(笑)。」

「そうなんだよ。だってクラブまで作ったんだぜ。
タチクンが作ろうって言って名前まで決めて。
『ぱっぱクラブ』って。」

「⁉ぱっぱクラブ…」
笑った笑った。
久しぶりにお腹がよじれそうになるくらいに。


この日のミニミニ同窓会は、本当に楽しかった。
誰ひとりお互いの「これまで」や「今」を探ろうと
しないし、人のウワサが話題に上ることもないし、
自慢話をする者もいない。
あえて避けてる不自然さも無く、ただただ和やかに
時が過ぎて行った感じ。

こういうのだったら、
いつでもウェルカムなんだけどなぁ。


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黒だけ

2018/10/05 16:46
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この夏から来るようになった縞ネコが
マザーになっていた…
三人の子持ち。

いつの間に!

黒、濃茶、薄茶。
三段階の明度で色分けされた仔猫たち…

なんとうまい産み分けだ!


本日、小雨模様の午後。
食べに来たのは母と黒一匹だけ。

薄茶と濃茶はどうした。
ちょっと心配。

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幻の影

2018/09/21 16:44
月曜日の朝、いつものように枕元の携帯電話で
時刻の確認。
ついでにネットニュースのさわりを見る。

目に飛び込んで来たのは、
樹木希林さんの訃報だった。

何だろう…どう言ったらいいのだろう…
この感じ。

例えば数ヶ月前に西城秀樹さんが亡くなった時の
感じとか津川雅彦さんの時の感じとか、とは
ちょっと違うのである。

誰もが知っている有名人がこの世から
いなくなった寂しさと、樹木希林さんのそれとは、
私の心の中で一線を画している。

辛い、のである。
そこはかとなく。


その日はワイドショーを可能な限り観た。
関係者の語る逸話の数々や、インタビュー映像に見る
晩年の希林さんに胸を打たれた。

淡々とした語り口で凄いことを言ってのける。
可笑しみまで滲ませて。

そしてお顔。
もう長くないことを悟っているお顔。
殊に最期の方は、欲のない穏やかな目をされていた。

それは、
一昨年亡くなった母の目とどこか似ていた。

テレビの前から離れようとしない自分がいる。

嗚咽までして。



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餌付け

2018/09/05 13:32
ネコの親子が我が家の雑草庭を横切っていったのは、
七月の午後。
(かわいいなー)
試しにその晩、煮干しを入れた小鉢を勝手口の外に
出してみた。
すると翌朝、小鉢の煮干しはきれいに無くなっていた。

あの親子だろうか…。

それから毎日のように、餌の入った小鉢を勝手口の外に
置いた。
餌は朝になると大抵空になっているから、毎朝勝手口を
開けることと、餌を補充することが日課になった。
しばらくすると、餌は夜を待たずに無くなるようになったので、
今では朝晩の2回、補充している。

それにしても、いったい何者が食べてゆくのだろう…?

餌を食べに来る誰かは、昼日中も勝手口に来ているわけだから、
目撃するチャンスは幾らでもあると思うのだが、八月に入っても
正体は依然不明のままなのだ。
ネコの親子であることを願うも、疑心暗鬼がツノを出す。

タヌキ?アリンコ?トリ?……クマ?
まさか…………伯母?

アホか。
ここはもっと思考を建設的に働かせよう。
現場を押さえるにはどうするか、である。
もっと見張りのきく場所に餌を出すべきではないか。
そうだ、伯母のベッド脇の窓から見える場所だ。
あそこならば伯母がベッドに寝そべったまま、
四六時中見張れる。
伯母自らの手で冤罪を晴らすのだ。
ほらね、食べたのは私じゃなかったでしょ!と。

こうして餌の場所を変えたのが、1週間前の朝である。
その日の午前は落ち着かなかった。
伯母のベッドと居間を私は何回往復したことか。

結局、午前中はなんの変動もなく過ぎた。
小鉢の餌は手つかずのまま。
誰かは、まだ新しい場所に気がついてないのだろう。

可笑しかったのは伯母だった。
見張りを言いつけられ、張り切って窓に体を向けて
横になっているのだが、私が餌の様子を
覗きに行くといつもスヤスヤ寝息を立てている。
その姿が、ネコなのである。
膝を胸に付くくらいに折り曲げて横向きに、
幸せそうに眠る101才のお婆さんというのは、
皆こんな風にネコなのだろうか。


そんなこんなで、
いつもより遅くなってしまったお昼ご飯を
伯母と二人でいただいて食後、淹れたての珈琲を
伯母に出すとなぜだか胸さわぎがして、
私は食卓を離れ伯母のベッドの所に行ったのである。
すると居たのである!
こげ茶とカーキ色の縞のネコが、小鉢に盛った餌を
食べていたのである!

縞ネコはすぐ私に気がつき、一瞬ひるんだ。
しかし上目遣いでこちらを睨みながら、餌は食べ続けた。
縞ネコの瞳は飼い猫のそれとは違う、凄みがあった。

私は食卓の伯母を呼んだ。
伯母のゆっくりした歩調では、ここに来るまでに縞ネコは
行ってしまうかな…と思ったがあにはからんや、間に合った
のである。それどころか伯母が到着してからも縞ネコは
食べ続けた。上目遣いを崩すことなく。

にゃおにゃ〜お〜♪
私が窓の向こうのネコに呼びかけると、
伯母が「そんなダミ声じゃネコが逃げるわよ。」と言って
「にゃーお」と江戸家猫八みたいに鳴いてみせた。

私、どん引き。
ネコは逃げた。


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あんこ

2018/08/27 13:27
夜更に小豆を煮た。
あんこと煮小豆の中間くらいのが出来たのは、
日付を越えた深夜。
味見をすると、あれだけ砂糖を入れたのに
甘みがあんまりない。

(ま、いっか、家庭料理らしくて…)
そんな納得を自分にさせて、そのまま完成とした。

その日は、これまで猛暑日が続く毎日を全くいつもと
変わらない食欲で過ごしてきた伯母が珍しく、
お昼も夜も食べられない。
胃が受け付けない、おかずが喉を通らない、という。
仕方がないのでヨーグルトを食べさせたが、食事らしい
食事が出来ないまま結局、就寝を迎えてしまった。


伯母を寝かしつけると、昼下がりから水に浸けていた
小豆を火にかけた。
伯母が昼食を食べられなかった時点で、彼女の好きな
あんこを作ろう、と決めていたのだった。
煮立ったら一旦お湯を捨てる。これでアク抜き終わり。
お鍋いっぱいに水と砂糖とほんの僅かの塩。
再び火にかける。
あとは豆が柔らかくなるまでひたすら煮るのみ。

正しい調理法かどうか全く自信はないが、前回もこのやり方で
食べられたのだから、これでいいのだ。

その間、つけっぱなしのテレビの前のソファに寝転び
ボンヤリする。
頭の中を巡っていたのは、数日前に専門チャンネルで
見た「あん」という映画。
河瀬直美監督、樹木希林主演の秀作である。

私はこの映画をもう何回見たのだろう。
5回?6回?多分これからもタイミングが合えば何回でも
見ると思う。そして毎回泣くのだと思う。

それくらいに好きな映画である。

私は、
深い悲しみと慈しみを静かに、けれど確かな力を込めて
伝えてくれる映画が好きである。
「あん」は、私の好き条件を満たしてくれている映画といえる。

映画の主人公は、樹木希林演じる「徳江さん」。
徳江さんは何十年も、世間とか国とかから虐げられてきた。
世間は徳江さんの居場所を奪ったし、
国は徳江さんに授かった新しい命を奪った。
徳江さんは、
人々の無知と偏見によって、自由と尊厳を奪われた
人生を生きてきたのだった。

それなのに徳江さんは飄々としていて、月や桜に感激する
心を失わない。
きれいな心。
徳江さんのきれいな心は、憎しみだの虚無だのに呑み込まれない。
徳江さんのきれいな心が知っているのは、やさしさと、哀しみと、
諦めである。

それは、人間という弱く愚かな生きものの無知と偏見が
決して消えることなく、今また自分に牙を向けている
ことを悟った時の徳江さんの表情に表れていた。
やさしさと哀しみと諦めの笑顔だった。
その笑顔で永瀬正敏演じる店主にお辞儀した後、「じゃぁ…」と
小声で言って、お店から去って行くのである。

暫くして、店主の元に徳江さんから手紙が届く。

てんちょさん、その後のどら春はどうでしょう。
ひょっとしたらてんちょさん、元気なくされている
のではないですか?
………
この世にあるものは全て言葉を持っている…と
私は信じています。日差しや風に対してでさえ、耳を
澄ますことが出来るのではないのか、と思うのです。
……
こちらに非はないつもりで生きていても、世間の無理解に
押し潰されてしまう事があります。知恵を働かさないと
いけない時もあります。そうしたことも伝えるべきでした。
……
どうかご自分の道を歩まれて下さい。
てんちょさんにはそれがきっとできます。



店主はいつも店に来る少女に促され、徳江さんの暮らす
施設を二人で訪れる。
徳江さんは、施設内の日当たりの良い共同空間で、
ひっそりと腰掛けていた。
二人が声をかけると嬉しそうに微笑んだが、以前みたいな
飄々とした生気はもう無いのだった。
そこに現れたのは、同じ施設に暮らす仲良しさん。あの
市原悦子が演じていた。
仲良しさんは、徳江さんが食べなくなった事を心配した。


晩秋、店主と少女が施設を再訪すると、待っていたのは
うな垂れる仲良しさんだった。
「…トクちゃん、亡くなったの。三日前。肺炎だった…」

仲良しさんは、徳江さんから託されたものを二人に渡した。
餡作りの道具とカセットテープ。
カセットテープには、医療室に運ばれる寸前の徳江さんの声が
録音されていた。

……
私たちはこの世を見るために、聴くために、
生まれてきた。
この世は、ただそれだけを望んでいた。
だとすれば、何かになれなくても、
私たちには、生きる意味があるのよ……



季節は移り、街は光と満開の桜に包まれている。
店主は野外でどら焼きを売っていた。
「どら焼きーいかがですかー!どら焼きーいかがですかー!」
店主の真っすぐな声が響く。
空の徳江さんに届け、と。



完成したあんこを小皿に取って、伯母の枕元へ。
「あんこ作ったよ。食べて。」
「あらー美味しそう!」

台所に戻った私の耳にカチャカチャと、スプーンと小皿の
触れあう音が聞こえてきた。
(よかった、食べてる。)

私も器に少し盛っていただいた。
真夜中のあんこ。
甘さの足りない…。



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風の幻

2018/08/24 13:36
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絵は少女みたいだが、実際はれっきとした夫人である。

けれどあの時、
吹き抜けて行った風に紺碧のワンピースが
フワッとなった時、
れっきとした夫人は一瞬、確かに少女に戻ったのだ。

炎天下を渡る風が
そんな幻を見せてくれた真夏の昼下がり。

旅先で。



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心の旅

2018/08/21 23:58
本日旅の最終日。
…の夜更け。

夕方宿に帰りひと眠りして、夜の街に繰り出す。

繰り出す、 だって。笑
夜の街で飲み歩く感じだが、そんなの自分はできない。
やたらめったら歩き回った挙句に
くたびれ果ててファミレス、が実のところである。

そこでこれを書きながら、ドリンクバーの
アイスコーヒーなどをいただいている。

今回の四泊五日のひとり旅ー。
安易に感想とか総括とか、今は言いたくない。
言えない。

言ったらキリがない。
話が四方八方に飛び散るのが分かりきっている。
関わった人々、場面、風景、思い……

それでも敢えて今、ここに書くとしたら、
私自身を直視せねばならぬ瞬間が多かった。
…ということかな。
貴重な気づきを与えてくれた私自身との対峙。

直視してはっきり自覚できたのである。
それはー、

私は心では常に怒っている

ということである。

心無い人々に
無礼な物言いに
無神経な感覚に
自己中心的な行動に
偏った考え方に
意識の低い仕事に

いつでも腹を立てている。
いつもそうだから、たとえ怒りが沸点に達したとしても
外からは分かりにくい。
見た目はいつもと大して変わらない。
中身は内部爆発が起こってグチャグチャになってるというのに。

爆発は外に出て行かないのである。
私自身、沸点に達した怒りの正体がつかめぬまま、
やり場を失っている状態なのだ。

だからその場で上手に怒ることができない。

私の場合、怒りによる内部爆発を外に出そうとすれば、
外に通じる道を作る作業時間が必要なのである。

つまり私の怒りには、タイムラグが生じている。
その間、行き場のない怒りはどんどん鮮度を失い
発酵してゆく。
そうなると結局、怒りの表現手段は「書いて表す」に
なってしまうのである。
タイミングを外して発酵してしまった怒りを、ライブで
表現する技量を私は持っていない。

つくづく
その場で怒れる人、なんか言える人、が羨ましい。
鮮度の高い怒りを提供できる人(なんだそりゃ)に
なれるものなら、なってみたい。
あれは一つの瞬間芸なのだ。

ちょっと横道に逸れてしまった。

言いたかったのは、
自分についてそんな発見ができたいい旅だった、と。
なんだ、結局総括している。


そして今は、明日帰る我が家と、五日間も施設に預けてしまった
101歳の伯母のことに、思考がシフトしている。
思いは我が家に帰るモードである。



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心構え

2018/08/09 11:01
いよいよ来週末から四泊五日の遠出。
日頃からお世話になっている身内に会って来る。
遠く離れているのにお世話になっていられるのは、
ひとえに通信の進化のおかげである。
メールや電話、宅配をマメにしてくれる身内なのだ。

出発日が近づくにつれて、あーでもない、こーでもないと
入れ替えてばかりいた荷造りも、完成が見えてきた。
我ながら呆れるのだが、1ヶ月以上も前から支度に取り掛かって
いたのである。

中身を変えたりカバンを変えたりを伯母の部屋でやっていると、
101歳の伯母が笑いを押し殺して面白そうにベッドから見ている。
私はそれもあって、荷造りが楽しくて仕方ない。
荷造りはほとんど趣味の領域なのだ。
こだわりがあるし、そもそもが好きな作業なのである。


さて、荷造りが出来てきたのと比例して、久しぶりの人々にお会いする
気持ちも出来てきた。

とにかく肝に命じているのは、
間違っても使命感とか責任感とかを発動させないこと。
これは以前に「発動された」側の経験を持つ私自身が
私自身に向けて進言する、悲痛な戒めである。

使命感を発動された時の経験をハッキリ言ってしまうと、
そのせいで私は、もともと苦手だったある人(Xとしとこうか)を
もっと嫌いになってしまったのである。
使命感を発動させた人物は、私とXとの関係修復を
意図して、一時期いろいろと画策を実行させていたのだが、
断りもなく私の家にXを招くのには閉口した。

その度に私は、Xと使命感の人物との歓談に同席し
なければならず、話し下手な私は蚊帳の外を味わう
羽目になるのである。
Xは、私しかいない時の態度と使命感の人物がいる時の態度が、
吐きそうになるくらいに違う。
使命感の人物がセッティングをしてくれる度、私はXの
気持ち悪い使い分けを目の当たりにするという、苦痛に
耐えなければならないのだった。

使命感の人物は、私の嫌いなXを私の家に招いて
歓談することが、二人の仲を取り持つことになると
考えていたと思うのだが、私は彼らの歓談に
付き合わされるたびに、ますますXを嫌いになって行った。

使命感の人物の発動は、全くの逆効果に終わったのである。


そのような「された」経験を持つ私は、「する」側には
絶対に回りたくない。
四泊五日の間、私が良かれと思ってやる事、言う事が
どこかで誰かを傷つけてしまうのかもしれない。
それが避けようのない事であるならば、せめて自覚だけは
持っていよう。そんなふうに心して、久しぶりに会う人たちとの
時間を精一杯楽しんで来ようと思っている。

お天気、どうかなぁ。




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正と誤

2018/08/02 10:38
このところの猛暑のせいで、駅まで歩くのがホトホト
嫌になっている。
駅前のパン屋さんには悪いが、本日もバスを利用する
ことにした。

バスを使えばO駅まで、家からバス停の3分を
歩いてO駅行きのバスに乗ればそれで済む。
一方電車を使ってO駅まで行くには、パン屋さんの
ある最寄り駅まで12分、まずは歩かねばならない。

3分か12分か…。
真夏の炎天下に、この差は大きい。
じんわりと汗をかくか、びっとびとにかくか、の違い
なのである。

さて、じんわりと汗をかいてバス停に着くと、バスは
定刻通りにやって来た。
後ろ半分の席はほぼ埋まっていたので、一番前の
一段高くなっている席に腰かけることにする。
それ以外の前半分の席は、なんと全部がシルバーシートである。
これはこの村の老人比率を表している現象ではないか、
と推理している。多分当たっている。

停留所を三つ四つ過ぎたあたりから、空席が無くなったらしい。
私が座っているすぐ横に、七十前後のご婦人が立っていた。

譲るべきか否か少しだけ迷うも、あっさりここはやめておこうと
決めた。ご婦人から座りたいオーラが感じられないからである。
それに一段高いこの座席は、腰掛けるのも立ち上がるのも
労力を要するので、譲られても却って困るのではないか、と。

そんなふうに心を揺らしながら車窓の景色を眺めていると、ふと
ある記憶が蘇るのだった。

i美術研究所で学んでいた時代の話だ。
石膏像をデッサンしている私の背後で、美大受験生の女の子が棚に
道具を仕舞おうとしていた。
私の腰掛ける椅子の背もたれと棚の間は、ひと1人がやっと通れるくらいの
寸法しかなかったから、女の子がやっとの思いで片付けを進めているのが
気配でわかった。

私は迷った。
どいてあげるべきか否か…。
こういう時は相手の立場に自分を当てはめることにしている。
それで出した結論は、どいてあげない、だった。

もしも私が女の子の立場だったら、私が片付けを
していることで、デッサンに取り組んでいる誰かを
どかせてしまうのは、誠に申し訳ないと恐縮するだろう…


と考えたからである。

石膏デッサンは、水平線、垂直線、縦横の比率を正確に写し取る
訓練であるから、椅子の位置がズレるだけで、もっと言えば椅子に
座る深さでも狂ってしまうのである。
それはこの教室で勉強しているものは皆、知っている事である。
なぜならば、それは日頃からH先生が口を酸っぱくして
言っている事だからである。

つまりデッサンに取り組んでる人を移動させる、ということは
その人の今日の作業をオジャンにしてしまうことなのである、
大袈裟に言えばだけど。
だからこそ、私がその女の子の立場だったら恐縮すると考えたのである。
棚に仕舞うだけなのだから誰かに頼んでおけばいいし、
もっと言えば今しなくてもいいのである。

つまり私がその女の子の立場だったら、そもそも今片付けはしない。
あとでやる。
もしかしたら女の子もそのつもりだったのかもしれない。

フツーの感覚の持ち主であれば、デッサンが佳境に入っている人相手に
動いてもらうのは申し訳ないと思う、に決まっている。
私ならそう思う。
と、敢えて知らん顔をしてデッサンを続けたのだった。

するとカミナリが落ちたのである。
H先生の怒号だった。

「なんでどいてあげない?!自分勝手な!今すぐどきなさい!!!!」

びっくりな落雷だった。心外な怒号であった。

デッサンに厳しい先生から日頃言われている事を守り
それに没頭する生徒と、片付けをさっさと済ませたい生徒を
前にして、H先生は片付けの生徒を優先したのである。

片付けたがっている生徒と、
デッサンに集中している生徒。
先生には後者の方が自分勝手だと映ったらしい。

私としては、あくまでも相手のことを考えた挙句の決断だった
のだが、H先生の感性にはそんな回りくどい発想を作りだす
機能が、どうやら備わっていないらしい。

私は黙って立ち上がり、椅子を移動させながら、
(あぁやはり、シンプルにそっちだったか…)と、己の判断ミスを
後悔した。

相手の立場に立って物事を考える時、自分が同じ立場だったら
こう感じるこう考える、という手法は、決して客観的な答えを
導き出すものではない。
それをこの時痛感した。

きっとー、
相手の立場に立って考える、とは自分を相手に当てはめる事ではなく、
自分の感受性や想像力を駆使して相手のそのままを理解しようとする
努力を言うのだろう。
そうしてその努力は、正解とか不正解を超えていつか相手に伝わる、
わかってもらえる、と私は信じるのである。


不意に降車のブザーが鳴った。
立っていたご婦人が、ゆっくりとひとりバスを降りて行った。
私は、あぁ今日のこの判断はこれでよかったのだなと思った。

ご婦人は、乗車して来た停留所の次の次で降りたのである。
彼女は私の横に立っていたのであるが、彼女にしてみれば
出口に最も近い場所だったからそこを選んだのだ。
他に誰も降りない停留所だとわかっているから、
自分一人だけが降りるのにモタモタして迷惑をかけないように
という、彼女一流の計らいだったのだ。
と、私はひとり合点の理解をしているのだが。

H先生がその場にいたら、「席を譲りなさい!」と私を怒鳴るのかなぁ…笑。
断るに断れないご婦人は、困った顔をしながら一段高い椅子に難儀な思いで
腰掛け、やっと座ればすぐ降りる準備に取り掛かるという不便を味わうハメに
なるのだろうか、なぁ…。

私はあの時ー、i美術研究所でのあの時、
私が怒鳴られた後の、女の子の横顔を思い出していた。
真っ赤になってとても困った顔だった。
結局私は女の子を恐縮させてしまったのである。

あれはー、
私が直ぐに席を移動していれば済んだ話だったのである。




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端っこ

2018/07/17 22:06
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邪魔しちゃ悪いから、と端っこばかりを選んでいたら、
講師の先生を怒らせてしまった。

私以外は皆、そのメソッドの経験者たちだったから、
彼らの動きを乱すのが心苦しいので、なるべく邪魔にならぬよう
位置替えのたび、私は端っこに行くようにしていたのだ。

それが講師には卑屈な遠慮に映ったらしい。

「あなたはさっきから(オドオドする私の動作を真似しながら)こうやって
端ばかり行こうとしているが、端に行けば上手く出来ると思っている
のですか?」

「(うわっ、どうしようか、困った…)いいえ、そんな…。
上手く出来るとは思っていません。」


「それではなぜ、端ばかり行こうとするのですか?」

「端だと目立たないと思ったからです。」

「ならばそれは大いなる勘違いです。端だと下手が余計に
目立つんです!」



そこからが地獄だった。
私一人だけ皆の前に出させられ、両側を講師先生とお弟子さんに
挟まれたカタチで、延々と複雑なステップを踏むことになった。
延々と。


今日生まれて初めてやること。
そんな、出来るわけないやんけ〜。


今日のこのグ…なんとかのワークショップに誘ってくれた知人も多分、
この展開をフクザツな気持ちで見ていたに違いない。

まさかタチサンがここまで下手くそだったとは!
まさかタチサンがここまでKYだったとは!


どうも私は「集団」が駄目らしい。
一生懸命やってるつもりが、誠心誠意を尽くしているつもりが、
裏目に出てしまう。

そんなわけで…
今日は、最初で最後の集団行動の日ということになったようです。


つくづく私は、ひとりが好きなのだ。










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豆画伯

2018/07/10 08:44
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九州からの便りはいつも私を笑顔にしてくれる。

今回はまた格別だ。

八歳の女の子の心のやさしさが溢れてくる
お手紙に同封されていたのは、色鉛筆で丁寧に
描かれた私の顔。

すごいなぁ…ほんと、よく描けている!
何がすごいって、特徴を捉えた上で、実物より
いい顔に描いてあるところ。
八歳でここまで描けるとは!


あとひと月ちょっとしたら、6年ぶりの九州見参を
予定している。
その時、この才能豊かな小さな画家さんとお絵描きする。

それが私の九州訪問のメインテーマなのである。










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