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ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−

プロフィール

ブログ名
ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−
ブログ紹介
ここでは、

黙っていてくれて、構いません。

窓越しに、ちょっと中をのぞいてみた画廊。

そんな感じで。
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幸福便

2018/10/20 21:01
福岡の姪から手紙が届く。

すっかり秋になっちゃいましたがその後いかがお過ごしですか?

と始まる姪の文面に笑顔がほころぶ。

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同封されていたのは、この夏訪れた時の写真。
その中からあたりさわりのない一枚を。

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いい旅は、日が経つに連れてじわじわとくる。

あの穏やかな夏の一瞬をとても懐かしく思う日々です。
と、姪の手紙にあった。

私もである。

ほんとうに、ありがとうございました。







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ぱっぱ

2018/10/14 14:59
小学三年四年生時代の同級生三人がムラに
来てくれた。

フェイスブックの仕業である。

s君、i君、hさん。

奇跡とも言える偶然で同じ市内に暮らしていた
hさんとはこの7月、すでに再会を果たしていたが、
s君、i君とは四十何年ぶりの再会になる。
二人とも地に足のついた良い感じのおじさんに
なっていて、事あるごとに浮き足立つキャピキャピな
私とは大違いだ。

4人で昼食をいただきながら、ひとしきり話が弾むと、
「ところでタチクン、」とs君。
これ覚えてる?と言って、唇を「パッ」と鳴らした。
「覚えてる覚えてる、覚えてるよー!」と、大爆笑。

s君も破顔になってさらに続けた。
「これをさらに進化させようと、「パッ」で音階とか
一緒に練習したんだぜ。」

「そうだっけか。そんな事に僕たちの向上心は向かって
行ったのか(笑)。」

「そうなんだよ。だってクラブまで作ったんだぜ。
タチクンが作ろうって言って名前まで決めて。
『ぱっぱクラブ』って。」

「⁉ぱっぱクラブ…」
笑った笑った。
久しぶりにお腹がよじれそうになるくらいに。


この日のミニミニ同窓会は、本当に楽しかった。
誰ひとりお互いの「これまで」や「今」を探ろうと
しないし、人のウワサが話題に上ることもないし、
自慢話をする者もいない。
あえて避けてる不自然さも無く、ただただ和やかに
時が過ぎて行った感じ。

こういうのだったら、
いつでもウェルカムなんだけどなぁ。


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黒だけ

2018/10/05 16:46
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この夏から来るようになった縞ネコが
マザーになっていた…
三人の子持ち。

いつの間に!

黒、濃茶、薄茶。
三段階の明度で色分けされた仔猫たち…

なんとうまい産み分けだ!


本日、小雨模様の午後。
食べに来たのは母と黒一匹だけ。

薄茶と濃茶はどうした。
ちょっと心配。

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幻の影

2018/09/21 16:44
月曜日の朝、いつものように枕元の携帯電話で
時刻の確認。
ついでにネットニュースのさわりを見る。

目に飛び込んで来たのは、
樹木希林さんの訃報だった。

何だろう…どう言ったらいいのだろう…
この感じ。

例えば数ヶ月前に西城秀樹さんが亡くなった時の
感じとか津川雅彦さんの時の感じとか、とは
ちょっと違うのである。

誰もが知っている有名人がこの世から
いなくなった寂しさと、樹木希林さんのそれとは、
私の心の中で一線を画している。

辛い、のである。
そこはかとなく。


その日はワイドショーを可能な限り観た。
関係者の語る逸話の数々や、インタビュー映像に見る
晩年の希林さんに胸を打たれた。

淡々とした語り口で凄いことを言ってのける。
可笑しみまで滲ませて。

そしてお顔。
もう長くないことを悟っているお顔。
殊に最期の方は、欲のない穏やかな目をされていた。

それは、
一昨年亡くなった母の目とどこか似ていた。

テレビの前から離れようとしない自分がいる。

嗚咽までして。



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餌付け

2018/09/05 13:32
ネコの親子が我が家の雑草庭を横切っていったのは、
七月の午後。
(かわいいなー)
試しにその晩、煮干しを入れた小鉢を勝手口の外に
出してみた。
すると翌朝、小鉢の煮干しはきれいに無くなっていた。

あの親子だろうか…。

それから毎日のように、餌の入った小鉢を勝手口の外に
置いた。
餌は朝になると大抵空になっているから、毎朝勝手口を
開けることと、餌を補充することが日課になった。
しばらくすると、餌は夜を待たずに無くなるようになったので、
今では朝晩の2回、補充している。

それにしても、いったい何者が食べてゆくのだろう…?

餌を食べに来る誰かは、昼日中も勝手口に来ているわけだから、
目撃するチャンスは幾らでもあると思うのだが、八月に入っても
正体は依然不明のままなのだ。
ネコの親子であることを願うも、疑心暗鬼がツノを出す。

タヌキ?アリンコ?トリ?……クマ?
まさか…………伯母?

アホか。
ここはもっと思考を建設的に働かせよう。
現場を押さえるにはどうするか、である。
もっと見張りのきく場所に餌を出すべきではないか。
そうだ、伯母のベッド脇の窓から見える場所だ。
あそこならば伯母がベッドに寝そべったまま、
四六時中見張れる。
伯母自らの手で冤罪を晴らすのだ。
ほらね、食べたのは私じゃなかったでしょ!と。

こうして餌の場所を変えたのが、1週間前の朝である。
その日の午前は落ち着かなかった。
伯母のベッドと居間を私は何回往復したことか。

結局、午前中はなんの変動もなく過ぎた。
小鉢の餌は手つかずのまま。
誰かは、まだ新しい場所に気がついてないのだろう。

可笑しかったのは伯母だった。
見張りを言いつけられ、張り切って窓に体を向けて
横になっているのだが、私が餌の様子を
覗きに行くといつもスヤスヤ寝息を立てている。
その姿が、ネコなのである。
膝を胸に付くくらいに折り曲げて横向きに、
幸せそうに眠る101才のお婆さんというのは、
皆こんな風にネコなのだろうか。


そんなこんなで、
いつもより遅くなってしまったお昼ご飯を
伯母と二人でいただいて食後、淹れたての珈琲を
伯母に出すとなぜだか胸さわぎがして、
私は食卓を離れ伯母のベッドの所に行ったのである。
すると居たのである!
こげ茶とカーキ色の縞のネコが、小鉢に盛った餌を
食べていたのである!

縞ネコはすぐ私に気がつき、一瞬ひるんだ。
しかし上目遣いでこちらを睨みながら、餌は食べ続けた。
縞ネコの瞳は飼い猫のそれとは違う、凄みがあった。

私は食卓の伯母を呼んだ。
伯母のゆっくりした歩調では、ここに来るまでに縞ネコは
行ってしまうかな…と思ったがあにはからんや、間に合った
のである。それどころか伯母が到着してからも縞ネコは
食べ続けた。上目遣いを崩すことなく。

にゃおにゃ〜お〜♪
私が窓の向こうのネコに呼びかけると、
伯母が「そんなダミ声じゃネコが逃げるわよ。」と言って
「にゃーお」と江戸家猫八みたいに鳴いてみせた。

私、どん引き。
ネコは逃げた。


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あんこ

2018/08/27 13:27
夜更に小豆を煮た。
あんこと煮小豆の中間くらいのが出来たのは、
日付を越えた深夜。
味見をすると、あれだけ砂糖を入れたのに
甘みがあんまりない。

(ま、いっか、家庭料理らしくて…)
そんな納得を自分にさせて、そのまま完成とした。

その日は、これまで猛暑日が続く毎日を全くいつもと
変わらない食欲で過ごしてきた伯母が珍しく、
お昼も夜も食べられない。
胃が受け付けない、おかずが喉を通らない、という。
仕方がないのでヨーグルトを食べさせたが、食事らしい
食事が出来ないまま結局、就寝を迎えてしまった。


伯母を寝かしつけると、昼下がりから水に浸けていた
小豆を火にかけた。
伯母が昼食を食べられなかった時点で、彼女の好きな
あんこを作ろう、と決めていたのだった。
煮立ったら一旦お湯を捨てる。これでアク抜き終わり。
お鍋いっぱいに水と砂糖とほんの僅かの塩。
再び火にかける。
あとは豆が柔らかくなるまでひたすら煮るのみ。

正しい調理法かどうか全く自信はないが、前回もこのやり方で
食べられたのだから、これでいいのだ。

その間、つけっぱなしのテレビの前のソファに寝転び
ボンヤリする。
頭の中を巡っていたのは、数日前に専門チャンネルで
見た「あん」という映画。
河瀬直美監督、樹木希林主演の秀作である。

私はこの映画をもう何回見たのだろう。
5回?6回?多分これからもタイミングが合えば何回でも
見ると思う。そして毎回泣くのだと思う。

それくらいに好きな映画である。

私は、
深い悲しみと慈しみを静かに、けれど確かな力を込めて
伝えてくれる映画が好きである。
「あん」は、私の好き条件を満たしてくれている映画といえる。

映画の主人公は、樹木希林演じる「徳江さん」。
徳江さんは何十年も、世間とか国とかから虐げられてきた。
世間は徳江さんの居場所を奪ったし、
国は徳江さんに授かった新しい命を奪った。
徳江さんは、
人々の無知と偏見によって、自由と尊厳を奪われた
人生を生きてきたのだった。

それなのに徳江さんは飄々としていて、月や桜に感激する
心を失わない。
きれいな心。
徳江さんのきれいな心は、憎しみだの虚無だのに呑み込まれない。
徳江さんのきれいな心が知っているのは、やさしさと、哀しみと、
諦めである。

それは、人間という弱く愚かな生きものの無知と偏見が
決して消えることなく、今また自分に牙を向けている
ことを悟った時の徳江さんの表情に表れていた。
やさしさと哀しみと諦めの笑顔だった。
その笑顔で永瀬正敏演じる店主にお辞儀した後、「じゃぁ…」と
小声で言って、お店から去って行くのである。

暫くして、店主の元に徳江さんから手紙が届く。

てんちょさん、その後のどら春はどうでしょう。
ひょっとしたらてんちょさん、元気なくされている
のではないですか?
………
この世にあるものは全て言葉を持っている…と
私は信じています。日差しや風に対してでさえ、耳を
澄ますことが出来るのではないのか、と思うのです。
……
こちらに非はないつもりで生きていても、世間の無理解に
押し潰されてしまう事があります。知恵を働かさないと
いけない時もあります。そうしたことも伝えるべきでした。
……
どうかご自分の道を歩まれて下さい。
てんちょさんにはそれがきっとできます。



店主はいつも店に来る少女に促され、徳江さんの暮らす
施設を二人で訪れる。
徳江さんは、施設内の日当たりの良い共同空間で、
ひっそりと腰掛けていた。
二人が声をかけると嬉しそうに微笑んだが、以前みたいな
飄々とした生気はもう無いのだった。
そこに現れたのは、同じ施設に暮らす仲良しさん。あの
市原悦子が演じていた。
仲良しさんは、徳江さんが食べなくなった事を心配した。


晩秋、店主と少女が施設を再訪すると、待っていたのは
うな垂れる仲良しさんだった。
「…トクちゃん、亡くなったの。三日前。肺炎だった…」

仲良しさんは、徳江さんから託されたものを二人に渡した。
餡作りの道具とカセットテープ。
カセットテープには、医療室に運ばれる寸前の徳江さんの声が
録音されていた。

……
私たちはこの世を見るために、聴くために、
生まれてきた。
この世は、ただそれだけを望んでいた。
だとすれば、何かになれなくても、
私たちには、生きる意味があるのよ……



季節は移り、街は光と満開の桜に包まれている。
店主は野外でどら焼きを売っていた。
「どら焼きーいかがですかー!どら焼きーいかがですかー!」
店主の真っすぐな声が響く。
空の徳江さんに届け、と。



完成したあんこを小皿に取って、伯母の枕元へ。
「あんこ作ったよ。食べて。」
「あらー美味しそう!」

台所に戻った私の耳にカチャカチャと、スプーンと小皿の
触れあう音が聞こえてきた。
(よかった、食べてる。)

私も器に少し盛っていただいた。
真夜中のあんこ。
甘さの足りない…。



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風の幻

2018/08/24 13:36
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絵は少女みたいだが、実際はれっきとした夫人である。

けれどあの時、
吹き抜けて行った風に紺碧のワンピースが
フワッとなった時、
れっきとした夫人は一瞬、確かに少女に戻ったのだ。

炎天下を渡る風が
そんな幻を見せてくれた真夏の昼下がり。

旅先で。



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心の旅

2018/08/21 23:58
本日旅の最終日。
…の夜更け。

夕方宿に帰りひと眠りして、夜の街に繰り出す。

繰り出す、 だって。笑
夜の街で飲み歩く感じだが、そんなの自分はできない。
やたらめったら歩き回った挙句に
くたびれ果ててファミレス、が実のところである。

そこでこれを書きながら、ドリンクバーの
アイスコーヒーなどをいただいている。

今回の四泊五日のひとり旅ー。
安易に感想とか総括とか、今は言いたくない。
言えない。

言ったらキリがない。
話が四方八方に飛び散るのが分かりきっている。
関わった人々、場面、風景、思い……

それでも敢えて今、ここに書くとしたら、
私自身を直視せねばならぬ瞬間が多かった。
…ということかな。
貴重な気づきを与えてくれた私自身との対峙。

直視してはっきり自覚できたのである。
それはー、

私は心では常に怒っている

ということである。

心無い人々に
無礼な物言いに
無神経な感覚に
自己中心的な行動に
偏った考え方に
意識の低い仕事に

いつでも腹を立てている。
いつもそうだから、たとえ怒りが沸点に達したとしても
外からは分かりにくい。
見た目はいつもと大して変わらない。
中身は内部爆発が起こってグチャグチャになってるというのに。

爆発は外に出て行かないのである。
私自身、沸点に達した怒りの正体がつかめぬまま、
やり場を失っている状態なのだ。

だからその場で上手に怒ることができない。

私の場合、怒りによる内部爆発を外に出そうとすれば、
外に通じる道を作る作業時間が必要なのである。

つまり私の怒りには、タイムラグが生じている。
その間、行き場のない怒りはどんどん鮮度を失い
発酵してゆく。
そうなると結局、怒りの表現手段は「書いて表す」に
なってしまうのである。
タイミングを外して発酵してしまった怒りを、ライブで
表現する技量を私は持っていない。

つくづく
その場で怒れる人、なんか言える人、が羨ましい。
鮮度の高い怒りを提供できる人(なんだそりゃ)に
なれるものなら、なってみたい。
あれは一つの瞬間芸なのだ。

ちょっと横道に逸れてしまった。

言いたかったのは、
自分についてそんな発見ができたいい旅だった、と。
なんだ、結局総括している。


そして今は、明日帰る我が家と、五日間も施設に預けてしまった
101歳の伯母のことに、思考がシフトしている。
思いは我が家に帰るモードである。



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心構え

2018/08/09 11:01
いよいよ来週末から四泊五日の遠出。
日頃からお世話になっている身内に会って来る。
遠く離れているのにお世話になっていられるのは、
ひとえに通信の進化のおかげである。
メールや電話、宅配をマメにしてくれる身内なのだ。

出発日が近づくにつれて、あーでもない、こーでもないと
入れ替えてばかりいた荷造りも、完成が見えてきた。
我ながら呆れるのだが、1ヶ月以上も前から支度に取り掛かって
いたのである。

中身を変えたりカバンを変えたりを伯母の部屋でやっていると、
101歳の伯母が笑いを押し殺して面白そうにベッドから見ている。
私はそれもあって、荷造りが楽しくて仕方ない。
荷造りはほとんど趣味の領域なのだ。
こだわりがあるし、そもそもが好きな作業なのである。


さて、荷造りが出来てきたのと比例して、久しぶりの人々にお会いする
気持ちも出来てきた。

とにかく肝に命じているのは、
間違っても使命感とか責任感とかを発動させないこと。
これは以前に「発動された」側の経験を持つ私自身が
私自身に向けて進言する、悲痛な戒めである。

使命感を発動された時の経験をハッキリ言ってしまうと、
そのせいで私は、もともと苦手だったある人(Xとしとこうか)を
もっと嫌いになってしまったのである。
使命感を発動させた人物は、私とXとの関係修復を
意図して、一時期いろいろと画策を実行させていたのだが、
断りもなく私の家にXを招くのには閉口した。

その度に私は、Xと使命感の人物との歓談に同席し
なければならず、話し下手な私は蚊帳の外を味わう
羽目になるのである。
Xは、私しかいない時の態度と使命感の人物がいる時の態度が、
吐きそうになるくらいに違う。
使命感の人物がセッティングをしてくれる度、私はXの
気持ち悪い使い分けを目の当たりにするという、苦痛に
耐えなければならないのだった。

使命感の人物は、私の嫌いなXを私の家に招いて
歓談することが、二人の仲を取り持つことになると
考えていたと思うのだが、私は彼らの歓談に
付き合わされるたびに、ますますXを嫌いになって行った。

使命感の人物の発動は、全くの逆効果に終わったのである。


そのような「された」経験を持つ私は、「する」側には
絶対に回りたくない。
四泊五日の間、私が良かれと思ってやる事、言う事が
どこかで誰かを傷つけてしまうのかもしれない。
それが避けようのない事であるならば、せめて自覚だけは
持っていよう。そんなふうに心して、久しぶりに会う人たちとの
時間を精一杯楽しんで来ようと思っている。

お天気、どうかなぁ。




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正と誤

2018/08/02 10:38
このところの猛暑のせいで、駅まで歩くのがホトホト
嫌になっている。
駅前のパン屋さんには悪いが、本日もバスを利用する
ことにした。

バスを使えばO駅まで、家からバス停の3分を
歩いてO駅行きのバスに乗ればそれで済む。
一方電車を使ってO駅まで行くには、パン屋さんの
ある最寄り駅まで12分、まずは歩かねばならない。

3分か12分か…。
真夏の炎天下に、この差は大きい。
じんわりと汗をかくか、びっとびとにかくか、の違い
なのである。

さて、じんわりと汗をかいてバス停に着くと、バスは
定刻通りにやって来た。
後ろ半分の席はほぼ埋まっていたので、一番前の
一段高くなっている席に腰かけることにする。
それ以外の前半分の席は、なんと全部がシルバーシートである。
これはこの村の老人比率を表している現象ではないか、
と推理している。多分当たっている。

停留所を三つ四つ過ぎたあたりから、空席が無くなったらしい。
私が座っているすぐ横に、七十前後のご婦人が立っていた。

譲るべきか否か少しだけ迷うも、あっさりここはやめておこうと
決めた。ご婦人から座りたいオーラが感じられないからである。
それに一段高いこの座席は、腰掛けるのも立ち上がるのも
労力を要するので、譲られても却って困るのではないか、と。

そんなふうに心を揺らしながら車窓の景色を眺めていると、ふと
ある記憶が蘇るのだった。

i美術研究所で学んでいた時代の話だ。
石膏像をデッサンしている私の背後で、美大受験生の女の子が棚に
道具を仕舞おうとしていた。
私の腰掛ける椅子の背もたれと棚の間は、ひと1人がやっと通れるくらいの
寸法しかなかったから、女の子がやっとの思いで片付けを進めているのが
気配でわかった。

私は迷った。
どいてあげるべきか否か…。
こういう時は相手の立場に自分を当てはめることにしている。
それで出した結論は、どいてあげない、だった。

もしも私が女の子の立場だったら、私が片付けを
していることで、デッサンに取り組んでいる誰かを
どかせてしまうのは、誠に申し訳ないと恐縮するだろう…


と考えたからである。

石膏デッサンは、水平線、垂直線、縦横の比率を正確に写し取る
訓練であるから、椅子の位置がズレるだけで、もっと言えば椅子に
座る深さでも狂ってしまうのである。
それはこの教室で勉強しているものは皆、知っている事である。
なぜならば、それは日頃からH先生が口を酸っぱくして
言っている事だからである。

つまりデッサンに取り組んでる人を移動させる、ということは
その人の今日の作業をオジャンにしてしまうことなのである、
大袈裟に言えばだけど。
だからこそ、私がその女の子の立場だったら恐縮すると考えたのである。
棚に仕舞うだけなのだから誰かに頼んでおけばいいし、
もっと言えば今しなくてもいいのである。

つまり私がその女の子の立場だったら、そもそも今片付けはしない。
あとでやる。
もしかしたら女の子もそのつもりだったのかもしれない。

フツーの感覚の持ち主であれば、デッサンが佳境に入っている人相手に
動いてもらうのは申し訳ないと思う、に決まっている。
私ならそう思う。
と、敢えて知らん顔をしてデッサンを続けたのだった。

するとカミナリが落ちたのである。
H先生の怒号だった。

「なんでどいてあげない?!自分勝手な!今すぐどきなさい!!!!」

びっくりな落雷だった。心外な怒号であった。

デッサンに厳しい先生から日頃言われている事を守り
それに没頭する生徒と、片付けをさっさと済ませたい生徒を
前にして、H先生は片付けの生徒を優先したのである。

片付けたがっている生徒と、
デッサンに集中している生徒。
先生には後者の方が自分勝手だと映ったらしい。

私としては、あくまでも相手のことを考えた挙句の決断だった
のだが、H先生の感性にはそんな回りくどい発想を作りだす
機能が、どうやら備わっていないらしい。

私は黙って立ち上がり、椅子を移動させながら、
(あぁやはり、シンプルにそっちだったか…)と、己の判断ミスを
後悔した。

相手の立場に立って物事を考える時、自分が同じ立場だったら
こう感じるこう考える、という手法は、決して客観的な答えを
導き出すものではない。
それをこの時痛感した。

きっとー、
相手の立場に立って考える、とは自分を相手に当てはめる事ではなく、
自分の感受性や想像力を駆使して相手のそのままを理解しようとする
努力を言うのだろう。
そうしてその努力は、正解とか不正解を超えていつか相手に伝わる、
わかってもらえる、と私は信じるのである。


不意に降車のブザーが鳴った。
立っていたご婦人が、ゆっくりとひとりバスを降りて行った。
私は、あぁ今日のこの判断はこれでよかったのだなと思った。

ご婦人は、乗車して来た停留所の次の次で降りたのである。
彼女は私の横に立っていたのであるが、彼女にしてみれば
出口に最も近い場所だったからそこを選んだのだ。
他に誰も降りない停留所だとわかっているから、
自分一人だけが降りるのにモタモタして迷惑をかけないように
という、彼女一流の計らいだったのだ。
と、私はひとり合点の理解をしているのだが。

H先生がその場にいたら、「席を譲りなさい!」と私を怒鳴るのかなぁ…笑。
断るに断れないご婦人は、困った顔をしながら一段高い椅子に難儀な思いで
腰掛け、やっと座ればすぐ降りる準備に取り掛かるという不便を味わうハメに
なるのだろうか、なぁ…。

私はあの時ー、i美術研究所でのあの時、
私が怒鳴られた後の、女の子の横顔を思い出していた。
真っ赤になってとても困った顔だった。
結局私は女の子を恐縮させてしまったのである。

あれはー、
私が直ぐに席を移動していれば済んだ話だったのである。




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端っこ

2018/07/17 22:06
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邪魔しちゃ悪いから、と端っこばかりを選んでいたら、
講師の先生を怒らせてしまった。

私以外は皆、そのメソッドの経験者たちだったから、
彼らの動きを乱すのが心苦しいので、なるべく邪魔にならぬよう
位置替えのたび、私は端っこに行くようにしていたのだ。

それが講師には卑屈な遠慮に映ったらしい。

「あなたはさっきから(オドオドする私の動作を真似しながら)こうやって
端ばかり行こうとしているが、端に行けば上手く出来ると思っている
のですか?」

「(うわっ、どうしようか、困った…)いいえ、そんな…。
上手く出来るとは思っていません。」


「それではなぜ、端ばかり行こうとするのですか?」

「端だと目立たないと思ったからです。」

「ならばそれは大いなる勘違いです。端だと下手が余計に
目立つんです!」



そこからが地獄だった。
私一人だけ皆の前に出させられ、両側を講師先生とお弟子さんに
挟まれたカタチで、延々と複雑なステップを踏むことになった。
延々と。


今日生まれて初めてやること。
そんな、出来るわけないやんけ〜。


今日のこのグ…なんとかのワークショップに誘ってくれた知人も多分、
この展開をフクザツな気持ちで見ていたに違いない。

まさかタチサンがここまで下手くそだったとは!
まさかタチサンがここまでKYだったとは!


どうも私は「集団」が駄目らしい。
一生懸命やってるつもりが、誠心誠意を尽くしているつもりが、
裏目に出てしまう。

そんなわけで…
今日は、最初で最後の集団行動の日ということになったようです。


つくづく私は、ひとりが好きなのだ。










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豆画伯

2018/07/10 08:44
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九州からの便りはいつも私を笑顔にしてくれる。

今回はまた格別だ。

八歳の女の子の心のやさしさが溢れてくる
お手紙に同封されていたのは、色鉛筆で丁寧に
描かれた私の顔。

すごいなぁ…ほんと、よく描けている!
何がすごいって、特徴を捉えた上で、実物より
いい顔に描いてあるところ。
八歳でここまで描けるとは!


あとひと月ちょっとしたら、6年ぶりの九州見参を
予定している。
その時、この才能豊かな小さな画家さんとお絵描きする。

それが私の九州訪問のメインテーマなのである。










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光と影

2018/07/06 10:57
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私はフェイスブックをやらない。
繋がることにも広げることにも関心の薄い
私には、使い道がないのである。

にもかかわらず、フェイスブックに入っている。
自分でも思い出せない謎の行動である。

そのせいでフェイスブックからのお知らせメールが
ちょこちょこ届く。
ろくすっぽ内容も見ずにほとんどスルーである。

ところが先日のは、ん?
ちょっと気にかかった。
開いてびっくり。小学校時代のクラスメートからの
お友達申請だったのである。
申請は四月に発信されていた。今日は7月…!
慌てて承認と短いメッセージを返信する。

思いも寄らなかった人からの突然のコンタクトに
私は動揺した。まずはひと呼吸。
それから彼のフェイスブックにアクセスした。

お友達の数、850人余り。(ちなみに私、9人。)
学歴は最高峰の国立大学名。職業も納得の会社。
アップされてる写真は、そのどれからも幸福感が
放出されていて眩しかった。

小4の時、同じクラスだった彼はズバ抜けて勉強が
できた上、社交的でリーダーシップもあったから、
先生からも友達からも絶大な人望を得ていた印象がある。
フェイスブックの中の笑顔が、小4の時の笑顔に重なって
見えてくる。声まで蘇ってきた。

私は、
単純に懐かしかった。
そして、
複雑に感慨深かった。

立派になられた、やっぱり…!
私がぼんやりしている時も、きっとこういった人は
ぼやぼやしないで研鑽を積んできたのだろう。

彼のフェイスブックは、フェイスブックの使い道に
困らない最たる人の具体例だと思った。

フェイスブックを使いあぐねる私は、何だか急にくたびれて
しまいパタン、パソコンを閉じた。












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夏小豆

2018/06/28 11:41
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これ、なんだと思います?

なんと、かき氷なんです。

あずき好きにはたまらない、
夏限定のマスターオリジナル、小豆かき氷です。

ひと匙ザクッとスプーンを刺せば、あずきの下は氷のお山。

ざくざくお山を掘ってけば、お山の土台はあずきちゃん。



器の下半分にも小豆がぎっしり詰まっているのです。

なんとまあ贅沢な!


夏ばんざーい!
あずきばんざーい!
マスターばんざーい!






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遊び心

2018/06/25 22:38
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この日、マスターが私に使ったカップとソーサー。
20年位前、店の改装でプラプラしてた時、
東京の百貨店で出会ったのだとか。

カップのウロコ柄がソーサーのワニに映る仕掛けに
マスターはコロリといってしまった。

シブいものがお好きなのかと思っていたが、
こういう類いの面白さを面白がれるやわらかさも
持ち合わせているっしゃる。
私なんぞに話を合わせてくれるのも、やわらかな
感性ゆえのことである。

次はどんな器で来るのか⁉
すっごく楽しみにしている。




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眼差し

2018/06/19 14:43
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七月下旬の個展に出品する中の一点。
今回のテーマは「眼差し」。
人物画を10点出すのだが、まず右の黒眼、上まぶた、下まぶた。
次に左の黒眼、上まぶた、下まぶた。
そして鼻、口、顎、頬、頭、首、肩といった順番で描き、
仕上げた顔たち10点である。

この絵からわかるように、私のデッサン力はかなりアヤシイ。
右目の位置がオカシイ。
でもいい、直さない。

そういったことがほんと、どうでもよくなってきた。
以前にも増して。
うまく描く、正しく描く、は誰か他に任せることにする。

あーくたびれたけどおもしろかったー!
好きな感じに描けたー!

私はそれで十分なのである。








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器物語

2018/06/17 15:03
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海辺の街に行くと必ず寄らせてもらう珈琲店の店内。
マスターの背後の棚一面に並んだカップとソーサーは、
全部で200近く。ひとつひとつ全て違うものである。
若い時から焼き物が好きで、行く先々で気に入ったものに
出会うと買っていたのだという。
二十歳前後から買い始めたというから、収集歴は三十五年(マスターは
私より10日だけ年寄りである。)になる。

35年という歳月を自分自身に重ね合わすと、語るに尽くせない
想いで一杯になる。
こみ上げる想いに任せ、ただいたずらに記憶を巡らせては
浮かんできた情景や言葉を噛みしめる。

マスターは少し違うかもしれない。
もっと記憶が整頓されているような気がする。
マスター曰く、器のひとつひとつに出会いの記憶が
ひとつひとつ付随している、と。
そしておそらくカップにセーブされた記憶は
出会いに留まらない、その時々の様々な出来事にも
及んでいると思うのである。

200のカップは、マスターの思い出を200、守っている。





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この日私に淹れてくれた珈琲に使った器。
二十歳そこそこの時に宮崎で出会ったのだという。
海水浴の帰り、ビーサンに短パン姿でふらりと入った
町の器屋の片隅に、雑然と積み重ねられた器たち。
その山の中からこの器を掘り当てたのだと。

収集歴の初期も初期に大枚をはたいて買った清水焼の逸品は、
青春の記憶と想いも付加価値となっているのかもしれない。
200近くある中の3本の指に入る好きな器なのだと、
マスターは嬉しそうに語るのだった。


そんな器でいただいたコーヒーは、いつもとは
また一味違う美味しさで、私を内側から満たして
くれる。
もう一杯飲みたくなった。

「マスター、コーヒーをもう一杯お願いします。
同じ器で!」

マスターが気持ちのいい笑顔で受けてくれた。












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得意技

2018/06/15 12:05
九州の姉にかねてからリクエストしていた
「入浴剤の面白いやつ」が今朝届く。

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どこで見つけてくるのやら。
長姉の驚くべき買い物スキルには、毎度感心するばかりである。
ちょっと大袈裟か…。

バラバラに置いた入浴剤がなかなか綺麗で、しばし鑑賞。
そのあとは我が家の長老101才の出番である。
彼女は箱に詰めるのが得意なのだ。

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さすが!この道101年!

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誕生月

2018/06/13 11:39
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遠く九州から届いた姪からの便りと
誕生プレゼント。
個性のある几帳面な字と礼儀正しい文章。
しばらく会っていない姪がそこにいた。

多忙な毎日を送る大変な中で書いてくれた
直筆の手紙は、その大変さを姪の母親である
私の長姉から聞いていただけに、本当に有り難かった。

長姉、と書いて「あっ」、忘れてはいけない事を思い出した。
姪からのものは、長姉が送ってくれたプレゼントに
一緒に納められていたのだった。

長姉が送ってくれたのは、カラフルなパッケージのコーヒーと
カッチョいい部屋着と手紙。

折にふれ綺麗で面白いものを送ってくれる長姉からの
宅配便は、毎回我が家を明るくしてくれる、
私と伯母を楽しませてくれる。

それは、単に品物のことだけではなく、一筆書かれた
文章とか、例えばそれにムーミンのシールが貼ってあるとか、
そんなところ。
そんなところに姉の人柄が出ていて、それが我々を
嬉しくさせるのである。

亡き母も、長姉からの宅配便が届くといつも嬉しそうに
笑っていた。そして箱を開ける私の手元をニコニコして
見ていて、中身が出てくると声を出して喜んだものだ。

「あらまあ、こんなものをいったいどこで見つけて
くるんだろうねえ…。」

ほんと、どこで見つけてくるんだろう。
母の仏前にひとつ、カラフルコーヒーを供える。
遺影の母は今日も笑顔である。



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あした

2018/06/03 23:25
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先日、旧知の友人に会ってきた。
かなり以前にこのブログで記事にさせてもらった
ことがある、こわい絵を描く女流挿絵画家のTさん。

数週間前、そのTさんから短いけれど心のこもった
お手紙をいただいて、早速お礼の電話をかけたあと、
決めた。

Tさんに会わなくてはいけない!

Tさんはその時電話には出なかったのだ。

代わりに届いたショートメール。

ごめんなさい。今日は舌が動きません。
それで電話には出られませんでした。


Tさんは、パーキンソン病である。

Tさんに会うことを決めた私は、その旨をメールした。
Tさんは快く応じたくれた。


当日。
待ち合わせのお店に現れたTさんは、元気ではあったが
痩せてしまっていた。

「10キロ減ったのよ。前はちっとも痩せられなかったのに、
今はどれだけ食べても増えないのよ。夜中に力うどん食べても
全然なのよ。」と笑った。
Tさんの左手は、ずっとプルプル震えたままである。
「体重が増えないのはそのせいかな、寝ても覚めても
カロリー消費しているから。」と、屈託がない。

力の入らない左足には金属性のギブスがはめられていた。
仕事に行く時(Tさんはグループホームの管理人の仕事を
二十年以上続けている)、大変でしょう、の私の言葉に、
「そうなの。毎日登山しているみたいな感じ。」
そう言って微笑むのだった。

私と同い年、55才のTさん。
この日Tさんは、自身に降りかかった過酷な試練を笑い飛ばし、
私のつまらない話を一生懸命聞いてくれた。
そして、あいだにご自分の近況を楽しそうにほんの少し
語ってくれたのだった。

優しさより強いものはなく、本物の強さほど優しいものはない。

どこかの有名な方の残した言葉らしいが、私にはこれが
Tさんのことを言ってるような気がしてならないのである。














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