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ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−

プロフィール

ブログ名
ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−
ブログ紹介
ここでは、

黙っていてくれて、構いません。

窓越しに、ちょっと中をのぞいてみた画廊。

そんな感じで。
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端っこ

2018/07/17 22:06
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邪魔しちゃ悪いから、と端っこばかりを選んでいたら、
講師の先生を怒らせてしまった。

私以外は皆、そのメソッドの経験者たちだったから、
彼らの動きを乱すのが心苦しいので、なるべく邪魔にならぬよう
位置替えのたび、私は端っこに行くようにしていたのだ。

それが講師には卑屈な遠慮に映ったらしい。

「あなたはさっきから(オドオドする私の動作を真似しながら)こうやって
端ばかり行こうとしているが、端に行けば上手く出来ると思っている
のですか?」

「(うわっ、どうしようか、困った…)いいえ、そんな…。
上手く出来るとは思っていません。」


「それではなぜ、端ばかり行こうとするのですか?」

「端だと目立たないと思ったからです。」

「ならばそれは大いなる勘違いです。端だと下手が余計に
目立つんです!」



そこからが地獄だった。
私一人だけ皆の前に出させられ、両側を講師先生とお弟子さんに
挟まれたカタチで、延々と複雑なステップを踏むことになった。
延々と。


今日生まれて初めてやること。
そんな、出来るわけないやんけ〜。


今日のこのグ…なんとかのワークショップに誘ってくれた知人も多分、
この展開をフクザツな気持ちで見ていたに違いない。

まさかタチサンがここまで下手くそだったとは!
まさかタチサンがここまでKYだったとは!


どうも私は「集団」が駄目らしい。
一生懸命やってるつもりが、誠心誠意を尽くしているつもりが、
裏目に出てしまう。

そんなわけで…
今日は、最初で最後の集団行動の日ということになったようです。


つくづく私は、ひとりが好きなのだ。










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豆画伯

2018/07/10 08:44
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九州からの便りはいつも私を笑顔にしてくれる。

今回はまた格別だ。

八歳の女の子の心のやさしさが溢れてくる
お手紙に同封されていたのは、色鉛筆で丁寧に
描かれた私の顔。

すごいなぁ…ほんと、よく描けている!
何がすごいって、特徴を捉えた上で、実物より
いい顔に描いてあるところ。
八歳でここまで描けるとは!


あとひと月ちょっとしたら、6年ぶりの九州見参を
予定している。
その時、この才能豊かな小さな画家さんとお絵描きする。

それが私の九州訪問のメインテーマなのである。










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光と影

2018/07/06 10:57
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私はフェイスブックをやらない。
繋がることにも広げることにも関心の薄い
私には、使い道がないのである。

にもかかわらず、フェイスブックに入っている。
自分でも思い出せない謎の行動である。

そのせいでフェイスブックからのお知らせメールが
ちょこちょこ届く。
ろくすっぽ内容も見ずにほとんどスルーである。

ところが先日のは、ん?
ちょっと気にかかった。
開いてびっくり。小学校時代のクラスメートからの
お友達申請だったのである。
申請は四月に発信されていた。今日は7月…!
慌てて承認と短いメッセージを返信する。

思いも寄らなかった人からの突然のコンタクトに
私は動揺した。まずはひと呼吸。
それから彼のフェイスブックにアクセスした。

お友達の数、850人余り。(ちなみに私、9人。)
学歴は最高峰の国立大学名。職業も納得の会社。
アップされてる写真は、そのどれからも幸福感が
放出されていて眩しかった。

小4の時、同じクラスだった彼はズバ抜けて勉強が
できた上、社交的でリーダーシップもあったから、
先生からも友達からも絶大な人望を得ていた印象がある。
フェイスブックの中の笑顔が、小4の時の笑顔に重なって
見えてくる。声まで蘇ってきた。

私は、
単純に懐かしかった。
そして、
複雑に感慨深かった。

立派になられた、やっぱり…!
私がぼんやりしている時も、きっとこういった人は
ぼやぼやしないで研鑽を積んできたのだろう。

彼のフェイスブックは、フェイスブックの使い道に
困らない最たる人の具体例だと思った。

フェイスブックを使いあぐねる私は、何だか急にくたびれて
しまいパタン、パソコンを閉じた。












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夏小豆

2018/06/28 11:41
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これ、なんだと思います?

なんと、かき氷なんです。

あずき好きにはたまらない、
夏限定のマスターオリジナル、小豆かき氷です。

ひと匙ザクッとスプーンを刺せば、あずきの下は氷のお山。

ざくざくお山を掘ってけば、お山の土台はあずきちゃん。



器の下半分にも小豆がぎっしり詰まっているのです。

なんとまあ贅沢な!


夏ばんざーい!
あずきばんざーい!
マスターばんざーい!






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遊び心

2018/06/25 22:38
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この日、マスターが私に使ったカップとソーサー。
20年位前、店の改装でプラプラしてた時、
東京の百貨店で出会ったのだとか。

カップのウロコ柄がソーサーのワニに映る仕掛けに
マスターはコロリといってしまった。

シブいものがお好きなのかと思っていたが、
こういう類いの面白さを面白がれるやわらかさも
持ち合わせているっしゃる。
私なんぞに話を合わせてくれるのも、やわらかな
感性ゆえのことである。

次はどんな器で来るのか⁉
すっごく楽しみにしている。




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眼差し

2018/06/19 14:43
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七月下旬の個展に出品する中の一点。
今回のテーマは「眼差し」。
人物画を10点出すのだが、まず右の黒眼、上まぶた、下まぶた。
次に左の黒眼、上まぶた、下まぶた。
そして鼻、口、顎、頬、頭、首、肩といった順番で描き、
仕上げた顔たち10点である。

この絵からわかるように、私のデッサン力はかなりアヤシイ。
右目の位置がオカシイ。
でもいい、直さない。

そういったことがほんと、どうでもよくなってきた。
以前にも増して。
うまく描く、正しく描く、は誰か他に任せることにする。

あーくたびれたけどおもしろかったー!
好きな感じに描けたー!

私はそれで十分なのである。








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器物語

2018/06/17 15:03
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海辺の街に行くと必ず寄らせてもらう珈琲店の店内。
マスターの背後の棚一面に並んだカップとソーサーは、
全部で200近く。ひとつひとつ全て違うものである。
若い時から焼き物が好きで、行く先々で気に入ったものに
出会うと買っていたのだという。
二十歳前後から買い始めたというから、収集歴は三十五年(マスターは
私より10日だけ年寄りである。)になる。

35年という歳月を自分自身に重ね合わすと、語るに尽くせない
想いで一杯になる。
こみ上げる想いに任せ、ただいたずらに記憶を巡らせては
浮かんできた情景や言葉を噛みしめる。

マスターは少し違うかもしれない。
もっと記憶が整頓されているような気がする。
マスター曰く、器のひとつひとつに出会いの記憶が
ひとつひとつ付随している、と。
そしておそらくカップにセーブされた記憶は
出会いに留まらない、その時々の様々な出来事にも
及んでいると思うのである。

200のカップは、マスターの思い出を200、守っている。





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この日私に淹れてくれた珈琲に使った器。
二十歳そこそこの時に宮崎で出会ったのだという。
海水浴の帰り、ビーサンに短パン姿でふらりと入った
町の器屋の片隅に、雑然と積み重ねられた器たち。
その山の中からこの器を掘り当てたのだと。

収集歴の初期も初期に大枚をはたいて買った清水焼の逸品は、
青春の記憶と想いも付加価値となっているのかもしれない。
200近くある中の3本の指に入る好きな器なのだと、
マスターは嬉しそうに語るのだった。


そんな器でいただいたコーヒーは、いつもとは
また一味違う美味しさで、私を内側から満たして
くれる。
もう一杯飲みたくなった。

「マスター、コーヒーをもう一杯お願いします。
同じ器で!」

マスターが気持ちのいい笑顔で受けてくれた。












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得意技

2018/06/15 12:05
九州の姉にかねてからリクエストしていた
「入浴剤の面白いやつ」が今朝届く。

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どこで見つけてくるのやら。
長姉の驚くべき買い物スキルには、毎度感心するばかりである。
ちょっと大袈裟か…。

バラバラに置いた入浴剤がなかなか綺麗で、しばし鑑賞。
そのあとは我が家の長老101才の出番である。
彼女は箱に詰めるのが得意なのだ。

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さすが!この道101年!

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誕生月

2018/06/13 11:39
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遠く九州から届いた姪からの便りと
誕生プレゼント。
個性のある几帳面な字と礼儀正しい文章。
しばらく会っていない姪がそこにいた。

多忙な毎日を送る大変な中で書いてくれた
直筆の手紙は、その大変さを姪の母親である
私の長姉から聞いていただけに、本当に有り難かった。

長姉、と書いて「あっ」、忘れてはいけない事を思い出した。
姪からのものは、長姉が送ってくれたプレゼントに
一緒に納められていたのだった。

長姉が送ってくれたのは、カラフルなパッケージのコーヒーと
カッチョいい部屋着と手紙。

折にふれ綺麗で面白いものを送ってくれる長姉からの
宅配便は、毎回我が家を明るくしてくれる、
私と伯母を楽しませてくれる。

それは、単に品物のことだけではなく、一筆書かれた
文章とか、例えばそれにムーミンのシールが貼ってあるとか、
そんなところ。
そんなところに姉の人柄が出ていて、それが我々を
嬉しくさせるのである。

亡き母も、長姉からの宅配便が届くといつも嬉しそうに
笑っていた。そして箱を開ける私の手元をニコニコして
見ていて、中身が出てくると声を出して喜んだものだ。

「あらまあ、こんなものをいったいどこで見つけて
くるんだろうねえ…。」

ほんと、どこで見つけてくるんだろう。
母の仏前にひとつ、カラフルコーヒーを供える。
遺影の母は今日も笑顔である。



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あした

2018/06/03 23:25
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先日、旧知の友人に会ってきた。
かなり以前にこのブログで記事にさせてもらった
ことがある、こわい絵を描く女流挿絵画家のTさん。

数週間前、そのTさんから短いけれど心のこもった
お手紙をいただいて、早速お礼の電話をかけたあと、
決めた。

Tさんに会わなくてはいけない!

Tさんはその時電話には出なかったのだ。

代わりに届いたショートメール。

ごめんなさい。今日は舌が動きません。
それで電話には出られませんでした。


Tさんは、パーキンソン病である。

Tさんに会うことを決めた私は、その旨をメールした。
Tさんは快く応じたくれた。


当日。
待ち合わせのお店に現れたTさんは、元気ではあったが
痩せてしまっていた。

「10キロ減ったのよ。前はちっとも痩せられなかったのに、
今はどれだけ食べても増えないのよ。夜中に力うどん食べても
全然なのよ。」と笑った。
Tさんの左手は、ずっとプルプル震えたままである。
「体重が増えないのはそのせいかな、寝ても覚めても
カロリー消費しているから。」と、屈託がない。

力の入らない左足には金属性のギブスがはめられていた。
仕事に行く時(Tさんはグループホームの管理人の仕事を
二十年以上続けている)、大変でしょう、の私の言葉に、
「そうなの。毎日登山しているみたいな感じ。」
そう言って微笑むのだった。

私と同い年、55才のTさん。
この日Tさんは、自身に降りかかった過酷な試練を笑い飛ばし、
私のつまらない話を一生懸命聞いてくれた。
そして、あいだにご自分の近況を楽しそうにほんの少し
語ってくれたのだった。

優しさより強いものはなく、本物の強さほど優しいものはない。

どこかの有名な方の残した言葉らしいが、私にはこれが
Tさんのことを言ってるような気がしてならないのである。














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庭球場

2018/06/01 16:28
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きのう、甥とテニスをした。
記憶がおぼつかないのだが、ラケットを握ったのは
多分20年以上ぶりかと思う。

たまげた。
ラケットに球が当たらないのである。空振り。
それも二回や三回じゃないのだ。何度も。
空振り…って、まるで野球ではないか。
がっくり…であった。

さらにがっくりきたのは、動きに力強さと俊敏さが
かなりなくなってしまったことが、わかったこと。
際どい球を追えなくなっている。そもそも体が追おうとしない。
昔は球に食らいつく気概だけはある!と自負していたのだが、
今ではそれさえもなくなってしまったようだ。
体の衰えを知っている脳が、体に無理させないような制御指令を
送っているのだろうか。

きっとこれが年を取るということなのだろう。

ネットの向こう側では、今日初めて硬式テニスをすると言う
26才の甥が、私があさっての方に打ってしまった球に
猛烈な速さで追いつき、転倒しながらもレシーブしてみせた。

若さってすごい!素晴らしい!

そのとき私は、自分が年をとったことなど
もうどうでもよかった。

それよりも、今この若者が瞬間見せてくれた爆発力、
無謀とも言えるひたむきさに脱帽し、感動していた。











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遊園地

2018/05/31 23:56
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自室のゴミ部屋っぷりに辟易している。

その惨状を知るよしのない知人たちは、容易に
信じようとしない。
ならば証拠写真をと、ど汚い部屋の中を撮っていて
思った。

遊園地みたいだ…。

とんだ勘違いである。
しかし撮り方と処理の仕方と空想力がかみ合ったとき、
それはファンタジーな遊園地の一枚なのだ、私には。


ようこそ私の遊園地へ。



















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母の日記帳からー2013年10月分抜粋(母91才時)ー

2018/03/28 13:24
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10月2日(水)くもり
午後2時、保健婦さんみえる予定。
夕方、彰帰宅予定。昼用意してある。
2時半ごろ、保健婦さん2人みえる、異常なし。
3時過ぎ終了。
彰宏も帰宅。3人でテレビ観賞。
今月から私のリハビリ週1回になる。

10月5日(土)くもり
今日はハナちゃんの運動会。
なんだかいろいろ忘れてしまうので困る。
今夜(彰宏の)帰り遅くなるらしい、ドーシヨー。
ハナちゃんの運動会、無事終了の電話。
可愛かった由、写真を楽しみにして待つ。
(彰宏の)帰宅遅くならなかった。

10月10日(木)くもり
今日から(彰宏)鎌倉。今日明日、一寸さびしくなる。
今にも大降りになりそうな暗い空模様。
夜8時半過ぎ、三子ちゃんからも電話。
修学旅行先の東北から。
その前九州からも電話してくれる。
あと何日ノビないようガンバレ!早寝する!

10月11日(金)くもり〜晴
朝くもっていたのに段々晴れて気持ち好い天気に
なってきた。九州から電話してくれた。
相変わらず気をつかってくれる。
2時前リハビリ。肩をよくもみほぐしてくれる。
何より気分よかった。それにしてもどうして
肩がこるんだろう。大量の便通、ヤレヤレ。

10月17日(木)晴
良く晴れた気持ちいい、秋晴れ。
昔、奥多摩にハイキングした事など思い出す。
彰宏に散髪して貰う。
午後検診ある。検査結果何事もなく無事終了。
洗髪する。明日(彰宏)鎌倉。

10月21日(月)晴
9時半過ぎ(彰宏)パン屋さんと出かける。
富士山を見に行くとか。
2時過ぎ姉のところへリハビリの方みえる。
3時半ごろ彰宏帰宅。

10月24日(木)くもり
朝顔一個、ちいさくちいさく咲いている。
嵐の前の静けさ。暗い。大したことなく
過ぎ去ってくれます様に!入浴。

10月26日(土)くもり
雨はほとんど降っていないが、どんより曇っている。
9時過ぎまでテレビ。9時20分頃二階に。
何だかとても空しい、つまらない…とつくづく思った。
何なのだろう。

10月28日(月)くもり
1日、何事もなく過ごす。明日は私のリハビリ。












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母の日記帳からー2013年9月分抜粋(母91才時)ー

2018/03/27 09:43
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9月2日(月)晴
今日も暑くなりそう。
私たちの食事の支度を揃えてくれて都内に
出かけてゆく。搬入の日、お天気でよかった。
1日心細い日。4時半ごろ生協来る。
テレビで野田、埼玉で 竜巻があり大変だった様子。
夜9時半ごろ会場出たと電話。(彰宏)
まだここ2〜3日は竜巻の状態が続くとか。

9月4日(水)晴
ここは割合平穏な気候なのだが、関東地方の被害も
方々で報告されている。
午後 2時すぎ保健婦さんの定期検査。
静かな1日が終わる。

9月7日(土)くもり
朝、九州から電話。いろいろ注意してくれるので助かる。
何でも忘れているので助かる。
今朝朝顔5個咲く。夕方彰宏帰宅。気分急に楽になる。

9月10日(火)晴
今朝もまだ朝顔咲いている。
神楽坂の個展に三子ちゃん健ちゃんが来てくれるとかで、
彰宏出掛ける。とても好天気になってきた。きっと会場も
気持ち良い雰囲気になっている事と思う。

9月13日(金)晴
今日もよく晴れて暑い。九州から電話してくれる有難い。
それにしても物忘れが甚だしい。年だからの言い訳は
通らない。時には随分不快感を与える。でもわざとしているのでは
ないのだけど…。

9月16日(月)雨風
朝から雨風強く何となく落ち着かない雰囲気。
でも彰もいるし3人揃っているからー。
暴風も無事すんだ。
入浴し洗髪する。

9月19日(木)晴
よく晴れている。
午後から鎌倉、明日夜帰宅予定。
明日までの日常に頭混乱。早く明日の晩になりますように。

9月24日(火)晴
午後よく晴れてくる。リハビリは1時40分すぎ終了。
通りまで歩く。杉山さん宅前あたりで休憩。空気が澄んでいて
気持ちよかった。
入浴。

9月27日(金)晴
今日から鎌倉。9時半頃鎌倉へ。
すぐあと九州から電話。小さい子供あずかる様子。
余り無理をするとどこかで破たんする。余程気を
つけないと。何だか恐ろしくなる。
昼頃すてきに好い天気。

9月30日(月)晴
過ごし好い日和が続く。彰在宅。















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母の日記帳から ー2013年8月分抜粋(母91才時)ー

2018/03/26 13:29
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母の命日が近くなってきて、久しぶりに紐解く母の日記帳。
日々の記録と感想を短く綴っただけの簡単な文章である。

だからこそ伝わってくるのだと思う。
彼女の善良、悲しいくらいに謙虚できれいな心である。




8月9日(金)
九州から沢山なプレゼント。相変わらず有難いものばかり。
早速使わして貰う。
字を忘れないよう、1日でもボケが遅いよう。
午後リハビリ、女の先生。体をもみほぐしマッサージ。
今日から鎌倉。気がつかないうちに出かけたらしい。
それにしても暑い。気をつけて行ってきてほしい。

8月10日(土)
今日も朝から暑い。9時ごろ鎌倉から電話してくれる。
夜までなんとか無事やり切ろう。

8月11日(日)
彰宏、1日在宅ですっかりリラックス。
夜、女子マラソン(世界陸上)3人で観戦。

8月12日(月)
朝早く5時ごろ、彰宏出掛ける。
4時前彰宏帰宅。
本当に今年は暑い。皆体調に注意して。
寿三枝ちゃん随分きついだろうと思うと
気が気じゃない!
何にも手伝ってあげられないのが情けない。
何とか頑張って!

8月13日(火)
今日も暑い。午後リハビリ。
森さん宅前まで(歩行練習)。
よい風が吹いていて気持ちよかった。
老後をこんなに楽しく過ごさせて貰える!
人生1番の幸せかもしれない。
いつまでも続くよう!

8月14日(水)晴
相変わらず暑い。
今日、彰、ダンスの稽古。
夜少し遅くなるらしい、先に寝る。


8月19日(月)晴
何日もアッという間に過ぎてゆく。
何もしないうち、日が経ってゆく。
年をとると1時間がみじかくなるのか?
退屈しないでいられるのだから「幸せ」と
いえるのだろうか?
夕方、九州から到着。夜10時すぎまで4人でオシャベリ、
床につく。

8月22日(木)
庭の木の茂みの中に白い百合の花がひっそりと
咲いていた。
4人での生活を何だか当然のような気がして、
充ち足りた毎日!でもフッと考えたら、又もうすぐ
九州へ帰ってしまう。急に淋しくなってくる。
洗髪する。

8月24日(土)
夕方三子来てくれる。
この時間がいつまでも続いたらいいのに、今までの
全ての秩序を壊してきたような気がして、何だか
申し訳ない気がしてくる。
もっと「我」をおさえなければいけなかったのだろうか?
お墓まいりもしないで本当に申し訳ないとつくづく思う。
皆から何と言われても言い訳できない。
この先どんな事になってももんくは言えない。

8月31日(土)
午前中宅急便来る。今日も中々暑い。
彰宏友人と会うため上京。夕方案外
早く帰宅。ホッとする。
私たちの為に早く帰宅してくれたことを知る。
申し訳ないと思う。
およびでもない私までころげこんだのだから。
本当に申し訳ないと思っている。だけど、私も
自分の身を守る為こうしてしまった。
一番勝手で我が儘な行為だったと思う。
何をどう言っても自己弁護にしかならない。



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Wの寸劇

2018/03/04 13:36
(介護させてもらう相手が)母と伯母でよかった…。
つくづく私は運がよかった。
相手が母と伯母だったから、私なんぞでもなんとか出来たし、
今も出来ている…のだと。

外でお年寄りと話す機会に出会った後、感慨にも似たそんな
想いで胸がいっぱいになることが時々ある。

先日もそうだった。

パン屋さんの店内で主人のiさんと喋っていると、品のいい
おばあさんが入ってきた。
都心の歯医者さんに行ってきた帰りなのだという。
年に一回の検診で、86才の今も全部自分の歯、虫歯なし!
だという。

「すごい!すばらしい!ご長寿間違いなし!」
パン屋さんも私も賞賛した。

そして私は余計なことを言ってしまったのである。
「うちには101才がいて、たったの2本の歯でも
元気にやってるんですよ。」


おばあさんの目が光った。
「でもその方、お食事やお風呂の仕度とか
お家のことやらないでしょ。わたくしは
全部自分でやりますの!」


気持ちが悪くなった。嫌だなぁ…。
86才が101才に張り合ってどうするのだろう。
旦那さんが亡くなり、数年前に目黒区からこのムラに
越して来たらしい。
身なりや物腰、悠長な話し方から勝手な想像を巡らせば、
裕福な人生を送ってきて今も尚、生活には困らない暮らし
なのだろう。
でもこの人、幸福なのだろうか。
余計なお世話かごめん。


「わたくしは全部自分でやりますの!」
の語調から感じたのは、孤独な底意地だった。

















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割烹着が見える

2018/02/14 13:29
限界の旨を伝える心づもりはできていた、
はずであった。

だが、一時帰宅から戻ってきた甥が玄関の
叩きに立っているのを見て、そして彼を車に
乗せてきたその母親(私の実姉である)が後に
続いて入ってきた様子を見て、私の中途半端な
心づもりは完全になりを潜めてしまった。

玄関に立っているのは、フツーの26才の青年だった。
その後ろにいるのは姉ではなく、息子を深く想って
はばからない母親の姿だった。

母親は、大量の食品がパンパンに入って膨れあがった袋を
両手にぶら下げていた。
そして、
「息子がお世話になります」そんなような事を言った。

胸を突かれた。

そこにいるのは、私が頭の上がらないコワイ姉ではなかった。
長年の研究を「売れ筋」の学術書に数えられる一冊に書き起こした、
有能な学者兼著述家でもなかった。

それは、母以外の何者でもない。
ただただ、どこまで行っても母でしかない、
なりふり構わない愛情の姿だった。

年季の入った割烹着を着た亡き母が、一瞬だぶった。



「そろそろ限界」は、「まだまだ頑張る」に変わった。











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そろそろ限界

2018/02/09 05:07
昨夜は結局、伯母を風呂に入れることが叶わなかった。
タンクのお湯残量がゼロ、になったからである。

これが二度目。
私が入る時にはもう既にゼロ状態であった。
それの何が困るのかというと、湯舟の追いだきが
できなくなるのである。

タンク湯増しボタンを押すのだが、これが時間がかかる。
私も迂闊であった。タンク残量表示を確認しないで
ドボンと浴槽に入ってしまった。
だんだんと冷めてゆく湯舟につかりながら、湯増し
の表示とにらめっこである。
満量を意味する5本線のうちの1本でも点灯すれば
湯舟のお湯を温めることができるのだが、待ってると
その1本がなかなかつかない。

湯舟はすっかりぬるくなってしまった。もう限界である。
(今夜は伯母にはあきらめてもらおう。)
浴槽の栓を抜く。
なんだかむしょうに腹が立ってきた。

たった一人でタンクの湯をすべて使い果たした甥。
いい子である。いや、子ではない。もういい大人である!
毎晩一時間、風呂に入るのはいい。
だけど後の人のことも考えずにどうしてそんなにお湯を使うのか。
そんなにシャワーを使うのか。

腹が立つのはこれが二度目だという事。
タンク残量のことは一度目のときでわかったはずである。

伯母のことを敬愛してくれるいい子なのだが。
いや、子ではない。いい大人である。
伯母のことを敬愛するならば、どうして最後に入る
伯母にお湯を残そうと考えないのか。



万事が万事、"自分のことだけ発想"の言動である。

「食器乾燥機の温風がカビ臭いんだけど。」
そう感じるならば君が掃除しなさい、と言うと
「勉強があるので…」

「リュックに入らないから持って来なかった…」
入らない分を手に下げて外出するのがカッコ悪いのか
何なのか。子どもの時からいつも大荷物の私には
わからない美学である。相手が喜んでくれるのだったら
荷物がひとつ増えるくらい、私なら厭わないのだが…。

甥に使わせている部屋にカメムシが出たらしい。
つまんで外に出すのが嫌なので部屋の電気を消して
暗くしドアを開け、階段の電気の方に行ってもらった、
とのこと。自分の部屋からさえいなくなってくれれば
それでいい、という発想。その時は思わず笑ってしまった
のだが、今はもう笑えなくなってきた。

「オジちゃんは100年たってもおばあちゃん(101歳の伯母をさす)
みたいにはなれないね。」
伯母の”スルー能力”について称賛した甥の、締めの言葉である。
(え?こっちに来るのか。)突然私に矢が飛んでくる。

「オジちゃん話を盛るよね。」
これも私には唐突な矢であった。当たっているだけに動揺するのだが、
あとから考えると失礼な物言いである(当たっているだけに(笑))。


お勉強ができるので、分析とか批判とか理論とか、いっぱしなのだが
決して自分の手を汚さない。
何かのため、誰かのため、に自分を犠牲にするなど、その発想さえ
持たない。その苦労も喜びも知らない。
自由と寛容を謳うのは勝手だが、そのために払う代償を担おう
とはしない。そんなムシのいい話通るわけがない。


一番つらいのはー、

私の至らない伯母への介護生活が、まさに
「至らない」と甥の前で露呈してしまうことである。そんな至らない
私の介護を達観して受け入れる伯母を甥が尊敬してくれることである。

伯母の尻に付いた大便を拭く私を、伯母の入った後のトイレの始末を、
私があきらめたものが何で、それがどれだけ大きなものだったかを、
甥は知る由もなく、「カワイイ」と言って伯母を大事にしてくれることである。












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笑うに笑えない笑い話

2018/02/07 22:34
昨年より長期滞在中の甥が、私の亡き母、甥にとっては
祖母になるわけだが、彼女にまつわる笑い話をしてくれた。

最初は私も笑ってた。
ところが、ふと気になったことがあって甥に問うたのである。

「その時、おばあちゃん(私の亡き母)に声とかかけなかったの?
おばあちゃ〜んとか言って、手を振ったり。」

「だって必要あるの?」

甥の返答を聞いた瞬間から、どうにも哀しくなってしまった。
笑顔を残したまま哀しく沈んだ自分の顔は、今どんな表情でいるの
だろう。


甥の笑い話は、母が次姉の家族と暮らしていた時代の話である。

当時小学生の甥とその父親(私の義兄ということになる)が
ある日車に乗っていると、ズボンに手を突っ込んで尻を掻く
お婆さんが遠目に見えてきた。
父親はハンドルを切りながら「あー、お婆さんというのはほんとに…」
そんなような事を言った。
車だからその直後だろう。はっきりとうちのおばあちゃん(我が母)
だとわかり、甥と父親は車内で大爆笑!という話。

安産型の立派なお尻を道端で掻く母の姿が目に浮かんできて、
可笑しくて、私も大笑いした。

で、冒頭の問いかけ、そして甥の返答となるのである。

「だって必要あるの?」

その途端、お尻を掻く母の姿はコミカルでもなんでもない、
切ないものに変わってしまった。

孫と婿の爆笑する車が、何も知らない母を無情に追い抜いて行く図。

せっかく笑い話を披露してくれた甥には申し訳ないけれど、
この話、僕には笑えないのである。

母のことになると、いまだに泣いてばかりいる。













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Dコーヒーにて

2018/01/28 20:36
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「レジお願いしまーす。……レジお願いしまーす。……レジお願いしまーす。」

「あ!はいっ。」

3回目でやっと、物陰で作業をしていた店員が出てきた。
自分を呼んでいるとは思わなかったのだろう。

見た目は小ざっぱりした普通の青年だった。
しかし弱腰と消え入りそうな小声が、彼の内気と
自信の無さを物語っていた。
今朝から入った新人アルバイト、そんな風情だった。

新人君は大学生だろうか。
店員は他に若い女性が二人いた。二人共、どこに行っても
それで通る美人だった。

観察していると、二人の美人さんは青年にどこか冷ややかだった。
もたつく彼をほとんどサポートしないのである。
ソフトなイビリ、そう見えた。

私は胸の中で溜め息をついた。
思ったのである。
もしも新人君が長身で、目の覚めるようなハンサム君だったら、
きっと二人の美人さんたちは全く違う新人扱いをするのだろうなぁ…
と。

それにしても彼は、どうしてこのバイトを選んだのだろう?
彼のキャラには向いてない気がするのだが。
もしかして苦手克服のため?

大学時代の友人でいたのである、そういう輩が。
高所恐怖症を乗り越えるため、ビルの建設現場で
働くわ、話し下手を直そうとホテルのバーに勤めるわ。

新人君もそのクチか⁉
わからない。でもそういう事にしておこう!


(がんばれ〜!がんばれ〜!)

ブレンドコーヒーと、どら焼きをいただきながら、
私は新人君に向かって念力でエールを送った。
























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