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ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−

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ブログ名
ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−
ブログ紹介
ここでは、

黙っていてくれて、構いません。

窓越しに、ちょっと中をのぞいてみた画廊。

そんな感じで。
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割烹着が見える

2018/02/14 13:29
限界の旨を伝える心づもりはできていた、
はずであった。

だが、一時帰宅から戻ってきた甥が玄関の
叩きに立っているのを見て、そして彼を車に
乗せてきたその母親(私の実姉である)が後に
続いて入ってきた様子を見て、私の中途半端な
心づもりは完全になりを潜めてしまった。

玄関に立っているのは、フツーの26才の青年だった。
その後ろにいるのは姉ではなく、息子を深く想って
はばからない母親の姿だった。

母親は、大量の食品がパンパンに入って膨れあがった袋を
両手にぶら下げていた。
そして、
「息子がお世話になります」そんなような事を言った。

胸を突かれた。

そこにいるのは、私が頭の上がらないコワイ姉ではなかった。
長年の研究を「売れ筋」の学術書に数えられる一冊に書き起こした、
有能な学者兼著述家でもなかった。

それは、母以外の何者でもない。
ただただ、どこまで行っても母でしかない、
なりふり構わない愛情の姿だった。

年季の入った割烹着を着た亡き母が、一瞬だぶった。



「そろそろ限界」は、「まだまだ頑張る」に変わった。











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そろそろ限界

2018/02/09 05:07
昨夜は結局、伯母を風呂に入れることが叶わなかった。
タンクのお湯残量がゼロ、になったからである。

これが二度目。
私が入る時にはもう既にゼロ状態であった。
それの何が困るのかというと、湯舟の追いだきが
できなくなるのである。

タンク湯増しボタンを押すのだが、これが時間がかかる。
私も迂闊であった。タンク残量表示を確認しないで
ドボンと浴槽に入ってしまった。
だんだんと冷めてゆく湯舟につかりながら、湯増し
の表示とにらめっこである。
満量を意味する5本線のうちの1本でも点灯すれば
湯舟のお湯を温めることができるのだが、待ってると
その1本がなかなかつかない。

湯舟はすっかりぬるくなってしまった。もう限界である。
(今夜は伯母にはあきらめてもらおう。)
浴槽の栓を抜く。
なんだかむしょうに腹が立ってきた。

たった一人でタンクの湯をすべて使い果たした甥。
いい子である。いや、子ではない。もういい大人である!
毎晩一時間、風呂に入るのはいい。
だけど後の人のことも考えずにどうしてそんなにお湯を使うのか。
そんなにシャワーを使うのか。

腹が立つのはこれが二度目だという事。
タンク残量のことは一度目のときでわかったはずである。

伯母のことを敬愛してくれるいい子なのだが。
いや、子ではない。いい大人である。
伯母のことを敬愛するならば、どうして最後に入る
伯母にお湯を残そうと考えないのか。



万事が万事、"自分のことだけ発想"の言動である。

「食器乾燥機の温風がカビ臭いんだけど。」
そう感じるならば君が掃除しなさい、と言うと
「勉強があるので…」

「リュックに入らないから持って来なかった…」
入らない分を手に下げて外出するのがカッコ悪いのか
何なのか。子どもの時からいつも大荷物の私には
わからない美学である。相手が喜んでくれるのだったら
荷物がひとつ増えるくらい、私なら厭わないのだが…。

甥に使わせている部屋にカメムシが出たらしい。
つまんで外に出すのが嫌なので部屋の電気を消して
暗くしドアを開け、階段の電気の方に行ってもらった、
とのこと。自分の部屋からさえいなくなってくれれば
それでいい、という発想。その時は思わず笑ってしまった
のだが、今はもう笑えなくなってきた。

「オジちゃんは100年たってもおばあちゃん(101歳の伯母をさす)
みたいにはなれないね。」
伯母の”スルー能力”について称賛した甥の、締めの言葉である。
(え?こっちに来るのか。)突然私に矢が飛んでくる。

「オジちゃん話を盛るよね。」
これも私には唐突な矢であった。当たっているだけに動揺するのだが、
あとから考えると失礼な物言いである(当たっているだけに(笑))。


お勉強ができるので、分析とか批判とか理論とか、いっぱしなのだが
決して自分の手を汚さない。
何かのため、誰かのため、に自分を犠牲にするなど、その発想さえ
持たない。その苦労も喜びも知らない。
自由と寛容を謳うのは勝手だが、そのために払う代償を担おう
とはしない。そんなムシのいい話通るわけがない。


一番つらいのはー、

私の至らない伯母への介護生活が、まさに
「至らない」と甥の前で露呈してしまうことである。そんな至らない
私の介護を達観して受け入れる伯母を甥が尊敬してくれることである。

伯母の尻に付いた大便を拭く私を、伯母の入った後のトイレの始末を、
私があきらめたものが何で、それがどれだけ大きなものだったかを、
甥は知る由もなく、「カワイイ」と言って伯母を大事にしてくれることである。












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笑うに笑えない笑い話

2018/02/07 22:34
昨年より長期滞在中の甥が、私の亡き母、甥にとっては
祖母になるわけだが、彼女にまつわる笑い話をしてくれた。

最初は私も笑ってた。
ところが、ふと気になったことがあって甥に問うたのである。

「その時、おばあちゃん(私の亡き母)に声とかかけなかったの?
おばあちゃ〜んとか言って、手を振ったり。」

「だって必要あるの?」

甥の返答を聞いた瞬間から、どうにも哀しくなってしまった。
笑顔を残したまま哀しく沈んだ自分の顔は、今どんな表情でいるの
だろう。


甥の笑い話は、母が次姉の家族と暮らしていた時代の話である。

当時小学生の甥とその父親(私の義兄ということになる)が
ある日車に乗っていると、ズボンに手を突っ込んで尻を掻く
お婆さんが遠目に見えてきた。
父親はハンドルを切りながら「あー、お婆さんというのはほんとに…」
そんなような事を言った。
車だからその直後だろう。はっきりとうちのおばあちゃん(我が母)
だとわかり、甥と父親は車内で大爆笑!という話。

安産型の立派なお尻を道端で掻く母の姿が目に浮かんできて、
可笑しくて、私も大笑いした。

で、冒頭の問いかけ、そして甥の返答となるのである。

「だって必要あるの?」

その途端、お尻を掻く母の姿はコミカルでもなんでもない、
切ないものに変わってしまった。

孫と婿の爆笑する車が、何も知らない母を無情に追い抜いて行く図。

せっかく笑い話を披露してくれた甥には申し訳ないけれど、
この話、僕には笑えないのである。

母のことになると、いまだに泣いてばかりいる。













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Dコーヒーにて

2018/01/28 20:36
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「レジお願いしまーす。……レジお願いしまーす。……レジお願いしまーす。」

「あ!はいっ。」

3回目でやっと、物陰で作業をしていた店員が出てきた。
自分を呼んでいるとは思わなかったのだろう。

見た目は小ざっぱりした普通の青年だった。
しかし弱腰と消え入りそうな小声が、彼の内気と
自信の無さを物語っていた。
今朝から入った新人アルバイト、そんな風情だった。

新人君は大学生だろうか。
店員は他に若い女性が二人いた。二人共、どこに行っても
それで通る美人だった。

観察していると、二人の美人さんは青年にどこか冷ややかだった。
もたつく彼をほとんどサポートしないのである。
ソフトなイビリ、そう見えた。

私は胸の中で溜め息をついた。
思ったのである。
もしも新人君が長身で、目の覚めるようなハンサム君だったら、
きっと二人の美人さんたちは全く違う新人扱いをするのだろうなぁ…
と。

それにしても彼は、どうしてこのバイトを選んだのだろう?
彼のキャラには向いてない気がするのだが。
もしかして苦手克服のため?

大学時代の友人でいたのである、そういう輩が。
高所恐怖症を乗り越えるため、ビルの建設現場で
働くわ、話し下手を直そうとホテルのバーに勤めるわ。

新人君もそのクチか⁉
わからない。でもそういう事にしておこう!


(がんばれ〜!がんばれ〜!)

ブレンドコーヒーと、どら焼きをいただきながら、
私は新人君に向かって念力でエールを送った。
























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トンビとおばあさん

2018/01/25 15:54
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「また来てるわよー!」

満101才の伯母の声を背中で聞く。

私はまな板に菜っ切り包丁を置いて、
伯母の枕元に駆けつけた。

「あーほんとだ。トンビ、今朝も来てくれたんだね。」

冬に入った頃からであった。
ちょうど彼女の寝床から見える枝にトンビが
止まるようになったのである。

トンビは、たいてい朝と午後の2回来る。
1回止まると軽く1時間は枝に止まって、
じっと伯母の方を見ている。

伯母はベッドの上からトンビを見つめる。
そのうち眠ってしまうのだが、また目を
覚ましてはトンビと見つめ合うのである。


今朝はずいぶん長く止まっていた。
伯母が見つけたのが朝ごはんを作っていた7時、
片付けが終わったときもまだ居て、滞在中の甥が
降りてきた9時過ぎも、まだ居たのだった。


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この頃はベッドで横になっていることが多くなった
伯母だが、ちっとも退屈しないのだという。

夜を煌々と照らす満月に感嘆の声をあげたり、
面白い形の雲や水たまりを揺らす雨粒の波紋を
面白がったり…、
窓枠に切り取られた景色を見ているだけで、
伯母は幸福になるのである。

素直な感受性と欲の無さ。

伯母が授かったギフトである。

小さな喜びを幸福に昇華させる、という。















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満開の朝

2018/01/23 11:38
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朝食の後、裏庭に出た。雪景色にしばし見入る。
降雪一過の澄んだ空の青と、梢に積もった真っ白。
空と、雪と、雪が貼りついた枝の輪郭と。
三つのコントラストに目を奪われた。

写真を撮って伯母に見せる。
すると顔をパッと明るくしてこう言ったのだ。

「まぁ!春の桜みたいだわ。」


なるほどそう見える!










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the high school days 10 「骨折とカラス」

2018/01/16 09:48
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高1の11月、左手首を骨折した。

今でも折った瞬間をストップモーションで
記憶している。
バキッ!と音がしたことも。

放課後のグランドでのハプニングであった。

私は陸上部の部員なのだが、柔道部の顧問が近所の
接骨院まで車で運んでくれた。
彼はギブスでの処置が終わるまで待機し、私の家まで
送ってくれたその上さらに、母親の前で慇懃丁寧な
謝罪までしてくれたのであった。

「先生そんな…こちらこそご迷惑をおかけして申し訳ありません。
この子はほんとにおっちょこちょいで。しょっ中やらかすんです。
小学校の時は体育の時間に頭を打って救急車で運ばれたり…。
中学ではただ走るだけなのに捻挫してきたり。骨折もこれで2度目なんですから。」

そこまで言ったかどうかは定かでないが母はとにかく恐縮し、
私のおっちょこちょいぶりを並べ立て、詫びた。

その晩は痛みで眠れなかった。
折った箇所が痛むのではなかった。
ギブスがキツすぎて、指先まで血が巡らないのである。

ヘタクソ〜…

私は胸の内で、あるいはつぶやきで、
何度も何度も接骨医をなじった。


翌日は痛みを押して学校に行った。
あの場に居合わせた人たちを安心させたかったのである。
ただ、やはり痛い…。

あれは古典の時間であった。
痛くて仕方がない中ふと窓の外に目をやると、向かいの別棟
の屋上にカラスがいた。

(いいなぁカラスは…。それにしてもくっそー、あのポンコツ接骨医…。)

その時の私は、何を思っても最後は医者への悪態で
締めなければ気が済まないのだった。

その時だった。
「タチくん、どこを見てるんですか⁉ 大変なのはわかるけど、
ちゃんと前を見てくださーい。」

壇上から女教師のハリのある声が飛んできた。
古典のY先生は、髪型だけ楠田枝里子に似ていた。


ついでに言うと、朝青龍を見ると柔道部の顧問を思い出す。
顔も体型も似ていたのである。











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