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ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−

プロフィール

ブログ名
ちゅーりっぷ前線 −記憶を辿るノォト−
ブログ紹介
ここでは、

黙っていてくれて、構いません。

窓越しに、ちょっと中をのぞいてみた画廊。

そんな感じで。
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歩くひと

2017/02/01 13:54
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長いこと間を開けると、どこから手をつければ良いのか
何を書いたら良いのか、正直わからなくなる。
何か書こうとしても
「それってブログで公開するほどのコトだろうか…」
という、そもそも論の根本的な問いかけが
頭の中で巡り始めるのである。

仕方がない、こういう時は近況である。
そこに宣伝を絡めて少々小ざかしく書いてみようか。

………………………………………………

というわけで今年も五月、私は独り舞台をやらかす。
一昨年、昨年に続き、場所は山吹町にある「絵空箱」。
江戸川橋から2分、神楽坂から9分という立地の
このパフォーマンススペースを私は結構気に入っている。

理由は第一に、私の物価で借りられる良心的な料金で
あるということ。これは大きい。
第二に、観客に対してやさしいスペースである、
ということ。これも大大大事。

ここは小劇場には珍しく一階なので階段の昇降がないし、
客席は三人掛けのテーブル席。飲み物をいただきながら
比較的ゆったりと観てもらえる。
あと、トイレがきれいである。


場所よし、時期も風薫る五月、問題なし!

もしも問題があるとすればそれは私自身、と言えようか。

「音と動きの独り舞台」と銘打って、「歩くひと」の
ストーリーを身体で表現していく私が、どれだけのことを
積み重ねて本番に臨めるか。
舞台の成否はそこにかかっているわけだがどうだろう。
どこまでやれているのだろう。

ストレッチと走りで、体はだいぶ出来てきた。
とくに走ることによって得た成果は単に体にとどまらず、
心にも良い影響をもたらしてくれたと実感している。が、…
ならば踊り込みはどうか?踊り込んでいるか?と
自らに問うてみると、なんとなくどんよりと沈んでしまう。

自負心が持てないのである。
できる限りをやっている、と胸を張れない自分がいる。
自分のあれは動き回ってるだけ。
だめだめ踊り。全然踊れてなんかいない…

と、ここで気がついてしまう。
もしかしたらこれが最大の課題ではないのか、と。
できないところを気にするあまり、できていることまでも
打ち消して落ち込む傾向が自分にはあるらしい。


自分のしている努力に疑問を持つのは、時として必要である。
けれどもそれが日夜慢性的に疑問形や否定形で繰り返されるとなると、
もはや健全な思考回路の循環とは言えなくなってくるのではないか。
その循環は、まるで地下へ地下へと掘り進んでゆく
負のスパイラルではないか。
負の循環の中では、見える景色も感じる空気も常に暗く湿っぽく
滲んでいる。


陽射しが明るく春めいてきた。
負のスパイラルもいつかあの明るい空を目指し、上へ上へと
上ってゆく正のスパイラルに転じてゆくのではないか。
そう信じたい。そう信じよう。


いいではないか!
できることが走ることならば、それで。


知らず知らずに一年前をなぞってしまう辛い今年の冬も
あと数日で立春なのだ。

いいではないか、走れば!

日射しのおかげか、心なし涙の渇きが早くなってきた今日この頃である。










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1月2日の三日月と肉まき玉子

2017/01/04 12:15
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次姉を見送るため外に出ると、
夕方の空には三日月とひとつ星が向かい合って
浮かんでいた。
絵本の1ページみたいな景色に気持ちが澄んでいく。

次姉は毎年正月の二日に、何日もかけてこしらえた
おせち料理を手土産に訪ねて来てくれる。
今年も田作りや煮豆、煮魚、デザートなど全て手作りの
おせち料理を持って来てくれた。

その中にゆで卵を肉で巻いた一品を見つけた。
(困った…)
懐かしさがこみ上げてきて目が潤んできてしまい、どうにも
ならなくなってきたのである。
子供の頃、母の作ってくれたおせち料理で一番好きだったのが
肉巻き玉子だった…。

それは哀しみではない。
遠い昔のお正月と母の面影を肉巻きに見つけて私は
嬉しかったのだ。

こんなところに母はいた。よかった!


アレルギーも好き嫌いも全くなく、食通でもない私は、
食に関してのストライクゾーンがものすごく広い。
だからというのも失礼だが、母の手料理は全て好きだった。

もっと言ってしまえば手料理というものが私はとにかく
好きなのである。
作ってくれた人の気持ちを有り難く頂くー。
なんでもかんでも食べられる私だから成せるワザである。


次姉のおせちや買ってきてくれた料理を、そこに込められた
思いも一緒に有り難く美味しくいただいて、おなかも心も
満たされた私は、清々しさからくる穏やかさをずいぶんと
久しぶりに取り戻せたような気がして、嬉しかった。


いつの間にか日が暮れて、レースのカーテン越しに見える空は
深い藍色に変わっていた。
五時。次姉がそろそろと帰り支度を始めた。

一緒に玄関を出ると、目に飛び込んで来た三日月とひとつ星。
次姉のおかげで取り戻せた穏やかさが、南西の空に描かれた
絵のような構図のひと組の天体に、素直な歓声をあげた。

私は、姉の車が見えなくなるまで手を振り続けた。






















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オルガの靴

2016/11/28 19:12
「大草原の小さな家」を初めて見たときの回が、
第9話「オルガの靴」だった。
その時私は14才、中学2年生。

生まれつき脚の長さが左右で違うオルガは、
例えば学校でみんなと遊んでいる時にそれが途中から
走り回るような遊びに変わってしまうと、自ら輪の外に
出て行って、みんながはしゃぐのを静かに遠くから見て
いるような優しい少女だった。

そんなオルガと大草原の小さな家の主人公ローラは、
意地悪ネリーのお誕生会での些細な事件をきっかけに
仲良しになった。

ある日ローラは父チャールズにオルガの話をする。
「オルガはね、短い方の脚だけ板の上にあると
すばしっこく走るのよ。」と。
するとチャールズは閃くのである。
オルガの靴を改良すればもしかしたら…。

そして最後、オルガが学校に行くことや友だちと遊ぶことに
懐疑的だった偏屈で閉鎖的なオルガの父親が、靴のおかげで
皆と楽しそうに駆け回るオルガの姿を見て、喜びで泣き崩れる
シーンになるのだが、14才の私はそこにえらく感動したことを
まるで昨日のことのように覚えている。

40年も前のことを「昨日のことのように」なんて、
私らしい大袈裟な言い回しだが、「オルガの靴」の
内容については本当に大袈裟でなく、昨日のことのように
覚えている。

実は一昨日の深夜、それをテレビで見たのである!

偶然だった。
音を低くしてそっと見ていたテレビのチャンネルを
ケーブルに切り替えるとやっていたのである。
40年ぶりに見る大草原の小さな家、第9話オルガの靴。

見終わって私は喜びで胸がいっぱいになっていた。
我が記憶力がそこそこ正確に残っていたことが確認できた
喜びと、もう一つそれ以上にうれしかったことがあって、
それは40年前と同じシーンを同じくらいに
感動している自分がいたことである。

涙腺が刺激されるツボというのは年齢とともに
少しずつ変化していくものだと、友だちなんかと「年とった話」
をする時など、方程式のごとく決まり切った法則のように
使いがちだった自分であるが、普遍性のあるテーマと作品の
完成度が噛み合っていれば、いくつになっても変わることなく
ツボは刺激されるものなのだ。


オルガの父親のシーンで感動した14才の感性のツボは、
今もまだ変わらず生きている。
それが無性にうれしかった。


しかし今日になって「ん?待てよ」疑問が湧いてきた。

「それって、ただ成長していないだけなんじゃ…?」



ほっといてちょんまげ。




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11月の雪

2016/11/24 12:34
雪が降っている。
11月の雪は東京では54年ぶり。
さらに積雪は観測史上初めてとのこと。
短い秋が完全に終わってしまった感である。

村では数週間前、クマ出没で大騒ぎだったが、
もうこれでクマも冬眠に入ってしまったのではないか。


日に何度か流されていた村内放送もピタリと終わって
しまった。

「本日××丁目の河原でクマが目撃されました。
猟友会で追跡をしておりますが、まだ発見されておりません。
住民のみなさんは十分注意してください。」


注意、と言われてもどうすりゃいいのか。
聞くところによると、クマはどんぐりを食べるらしい。
我が家の裏には立派な野生の樫の木があって、
毎年このくらいの季節には沢山のどんぐりが裏庭の地面に
落ちる。

どんぐりを食べに、もしかしたらクマが来るかもしれない…。

伯母にそのことを話すと、目にお星様を輝かせて
「まぁステキ!」

クマのプーさんが来るとでも思ったのだろうか。

なんにせよ今日のこの雪でプーさんが春までの
長い眠りに入って、今頃は穴の中、幸せな夢を見ている
といいなぁ…などと。
そんな空想をしながら、私は湿った雪を散らす空を
母のいたベッドの窓から見たりしている。





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沢山あるうちの二つの答え

2016/11/04 13:05
重い心を引きずるようにして夕方の街を
歩いていた時だった。

「そうか!」突然わかった。

「母は解放されたのだ。だってこのどうすることもできない
重力から自由になったではないか!母は楽になったのだ。
ならばそれは母のために喜ぶべきことなのだ。」

真からそう思えた瞬間、長いこと縁のなかった種類の
嬉しい気持ちが湧いてきて、景色が明るく見えた。


その翌々日の朝、それは今朝なのだが、身支度をしている時に
今度はふと最期の方の母を思い出し、嗚咽しているのである。
しゃくり上げながらシャツの袖に手を通す私は、頭の中でつぶやいていた。

「たぶん…時が解決するというのは、時とともに"忘れる"のではなく、
"慣れる"と言っているのだろう。」

私にとって消せない記憶は、年月と共に色褪せるどころか、
時の蓄積がもたらす力を重く放つ一枚の名画のように、
燦然と心に残ってしまうのである。
最期までの三ヶ月は、それがどんなに辛いものであっても
一瞬一瞬がかけがえのない生前の母の姿。
忘れることなど無理である。

であるならば慣れるしかないのだ。
嵐のように押し寄せてくる時々の悲痛を
味わうのである。
周囲の温かい心根に支えられ、母の死から半年以上が経った
今は、その味にも少しは慣れてきた気がするのだが、
まだまだ先は長い。

日本に暮らすある外国人が納豆嫌いを7年かけて
克服し、今では大好物の一つになったという。
慣れる努力を続けて行けば、その先になにかいい事が
待っているかもしれないと思わせてくれる、私の好きな
エピソードである。




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にじむ青

2016/10/25 13:17
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12月に控えている、とある総合病院での個展に
向けて作品を描きためた、この九月と十月だった。

その病院での個展も今年で4回め。
自分の中では毎年12月の恒例になってきている。

それ以前は12月といえば、西新宿の紅茶屋さんでの
個展だった。
ある朝マスターが突然倒れお店が終わってしまった…
までの約20年、マスターは毎年12月の展示をきまって
私の小品展にしてくれた。
それで今でも12月になると、クリスマスに彩られた西新宿
高層ビル街の華やいだ雰囲気や、賑やかな人混みや、
冬の匂いが、記憶の底の方から昇ってくるのである。

とするとこれからの二十年先、12月が来るたびきっと私は
クリスマスムードの西新宿と、総合病院に行く途中のガランと
した12月の空を、セットで思い出すのかもしれない。


さて、九月十月に描きためた絵。
水彩の青を背景に描いたパステル画11枚と
水彩の赤黄色を背景にしたクレヨン画14枚が
そのうちわけなのだが、青を背景に描いた絵には
これまでと少しだけ違う感覚で臨んだ痕跡がどこか
見て取れる、ような気がしている。
ひとりそう思っている。

空の青と海の青。
これまでは青を背景にする時、単純にそのどちらかの
青を想定して画面を作っていったものだが、しかし
今回は空の青とか海の青とか、そんな縛りに囚われないで
青と対峙した、できた、ような気がするのである。

ただただ青いだけの青。

自由で、無限で、永遠で、
どうしようもなく悲しい
青。














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善意に苦しむ

2016/10/04 21:38
12月で百になる伯母に週に一度、一泊二日の
ショートステイに入ってもらうことにした。

まだまだしっかりしているとはいえ、私が出かけている間
伯母一人に留守番をさせることに限界を感じているのが、
決断をさせた理由の一つである。
一つ、と言うことは他にも理由があるわけだが、今ここでは
触れるのをやめておく。

さてー、
伯母のショートステイ話を聞きつけ周囲(ごくごく限られた範囲の身内)が
ざわめき始めた…らしい。
私の身の回りにいる人々は総じて善人ばかりなので、
耳に入ってくるざわめきも総じて善意から発信されているから、
これは幸福なことなのである。
有難いと思わなければならない現象なのである。
だが意に反して、私の心は不穏な揺れを繰り返す。

どうしてざわめくのかが、理解できないのである。

「へぇそうなんだ、いい施設だといいね。」で話はおしまい。
これが私の感覚なのだが、ざわめきはこの先まで言及してくる。

気をうんと使う伯母だから施設で頑張ってしまって、一泊二日は
伯母に負担になるかもしれない。慣れないショートステイがきっかけで
認知症になってはしまわぬか…と、こんな心配をざわめきは
してくれるのである。

これを電話口で聞いた時、一瞬私は絶望的な気持ちになった。
そんなことを言ってたら家族は何もできないではないか、と。

夏の終わり、私の介護生活を「それほどでもない。」と、目の前で
ざわめきの主から評価を下された。
そのときから私は、主から発信される善意をどこか複雑な思いで
受け取るのである。

有り難とうと感謝する心が、苦しみでもんどり打っている。







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